最後の教えはあの夜に語られた(9)
暗闇の中はまるで時間が止まったようだった。
何の音もせず、時の経過を計るための何もないのだ。
自分の呼吸や心臓の音は聞こえていたが、
それさえもいまや時間感覚に変換できるものではなくなっていった。
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圧倒的な闇の中にいると、
いままでの世界で意味があったものがその力を急速に失っていく。
自分の身体でさえ、この闇の中で存在しているのかどうか分からなくなった。
まるで地の底の別世界に落ちてしまったような感覚だ。
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これは無の世界なのか。
すべてが闇の中に沈んでいるなら、それは存在していないに等しい。
あの華やかな世界の根底にはこの無の世界があり、世界に留まる何かを失えばここに落ちるのだ。
私は無の中で身体を失い、五感を失った。
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存在を確かめるように身体を触ってみても、それは無意味な感じがする。
そこに身体があると分かっても、暗闇ではないに等しい。
私は身体の感覚で自分を確かめようとすることをやめた。
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目を開けているのか閉じているのかさえ分からなくなった。
私はただ黒く塗りつぶされた虚空を見ていた。
私はそこで圧倒されていた。
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それは恐怖とか不安といったものではなく、
そこで自分ができることは何もないと打ちのめされていたのだ。
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私がこの部屋から出たいと願えば、即座に女王がそれに応えて部屋を開けるだろうことは分かっていた。
そのことが暗闇の中の私に落ち着きをもたらしてくれた。
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私は部屋を出ることよりも、いまこの部屋にいる意味を知りたかった。
時間も感覚も失ったこの部屋で、私は何かを見つけられるのだろうか。
女王の言っていた「在る」を知ることができるのか興味があった。
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そこで私はただ黒い虚空を見ることしかできなかった。
しばらくは、心の中で想像を描いてその中に浸っていることはできた。
しかし、圧倒的な暗闇の現実がそれをじわじわと掻き消していく。
私は何かを想像することすらできなくなっていった。
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眠ることもできなくなった。
実際には眠りとは何かよく分からなくなったのだ。
目を開けても閉じても同じであるなら、いま眠っていたのかどうかも確かではない。
もしかすると、いくらかは眠っていたのかもしれない。
しかし、それと虚空を見つめていることの区別がつかなくなった。
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