最後の教えはあの夜に語られた(6)

『在る』は完成されています。

『在る』以上に完成させることはできません。

つまり、『在る』以外はどんなに素晴らしいことであっても、『在る』が劣化したものになります。

世界で劣化したものをどれだけ集めても、『在る』の完成には至りません。

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『在る』には不足するということがありません。

『在る』にはすべてがあり、それ自体で満たされています。

『在る』はすべてであり、すべての頂点であり、すべての原点です。

すべての道は『在る』に通じていて、その道をゆく者は必ず『在る』に到達します。

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『在る』は親しみを込めて神とも呼ばれています。

ものごとの本質ですから、これを神と呼んでも差し支えないでしょう。

ただ、この神は願いを叶えたり、私たちに教えを与えることはありません。

何もしないし、何も語りません。

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それはひとつでありながら、無数に遍在しています。

つまり、神とはひとりでありながら、無数にいるということになります。

誰の心の中にもこの神はいるのです。

それは誰しも神でないことなどあり得ないことを意味しています。

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神はそれぞれの人に特定の概念でもって受け入れられているかもしれません。

それは誰かの教えであったり、何かの本に書いてあったりする知識かもしれません。

それは間接的な神への理解であり、不確かなものです。

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『在る』の神は、あなたに直接つながっています。

自分でそうしようと思えば、自分自身でいつでもそれを理解することができるものです。

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『在る』は真実とも呼ばれています。

この世界で『在る』ほど確かなものはありません。

むしろ、この世界で唯一の真実と言ってもいいくらいです。

他にこれほどの真実といえるものがあるでしょうか。

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他のものは『在る』の二次的な存在であり、それだけ不確かさを含んでいます。

二次的存在は変化して全く別のものになったり、都合の悪いときには現れなかったりします。

真実は直接的でいつでも同じものとしてそこになければなりません。

それは『在る』しかないのです。

空風瞑想

空風瞑想は忘れてしまった本当の自分を取り戻す瞑想法です。瞑想の中で、今まで気が付かなかった心の新しい扉を開き、静寂でありながらも存在に満ち溢れ、完全に目覚めている本当の自分をそこに見つけていきます。そこを自分の拠り所にするとき、新しい自分の人生が始まっていきます。