最後の教えはあの夜に語られた(1)
「先生、起きてください」
その声で私は眠りから覚めた。
真夜中の寝室はしんと静まり返っている。
窓から差し込む月光が部屋の輪郭をかすかに青く浮き上がらせていた。
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夢の中の声だったかと思ったが、部屋の隅に人影が見えた。
ちょうど扉の前に二人の若い娘が立っている。
首と頭に巻いたスカーフが月の光に白く浮き出されていた。
娘たちは私が目覚めたことに気づいた。
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「先生、お連れするところがあるので支度をお願いします」
娘はそう丁寧に言ったが、有無を言わせぬ力があった。
私はベッドから起き上がると手早く身支度をした。
娘たちの後について玄関を出るとそこに馬車が止まっていた。
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私が乗り込むと馬車は勢いよく走り出した。
「時間がないので急ぎます」
御者席の娘が振り返ってそれだけ言うと馬の手綱を力強く振った。
馬車はぐんぐん速度を上げていった。
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馬は我々の重さなど微塵も感じさせぬ力強さで道を駆けていく。
馬車の車軸が甲高い音を立てて火花を散らせた。
それでも娘たちが速度を落とす素振りはない。
その勢いのまま、馬車は真夜中の街道の静まった空気を切り裂いていく。
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私は真っ暗な風の中を飛んでいるような感覚になった。
娘たちは風にたなびくスカーフを荒々しい手つきで外すと宙へと捨て去った。
それはあっという間に夜の闇へと消えていった。
私は前を向いた。
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この道は誰でも知っている。
夜の館へと続く道だ。
そこにはかつて全世界を治めていた女王が住むといわれている。
我々はそこへと向かっているのだ。
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