かみむすび(2)風の強い日
早春の光が滝のように降り始めると風が強く押し出される。
風は空に飛び出すと、無邪気に笑いながら大地を駆け巡る。
草原は嵐の海になり、森は巨人たちのざわめきになる。
人々は怯えて家の中に閉じこもる。
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風を知らない草木たちは喘ぎながら大地にひれ伏すしかない。
雄叫びを上げながら駆け回る風には祈りの言葉も通じない。
悲しい思い出が風に削られて、春空に灰色の雲をたなびかせる。
重たい雲が軽やかに駆ける風の足首をつかもうとする。
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自分が自分であるために悲しみを心の中で固めていた。
風はその悲しみを散り散りにして空に舞う桜の花びらにしてしまった。
花びらは風に巻き上げられて空高く光の中に見えなくなった。
春の風の強い日には、そうして誰もいなくなるのだ。
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風が疲れて眠る頃に、誰もいない静かな夕暮れが訪れる。
すべてが静止したままの世界に太陽の光が別れを告げる。
世界が夕闇の底に沈んだなら、生まれた時の自分に戻っていく。
そのとき感じるぬくもりで誰かが世界を抱擁していると分かるのだ。
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