風の巡礼(1)弥生の朝
夜の川にぬくもりが宿ると冬の王国は崩れ始めた。
圧倒的だったその姿は湖に溶けて緩やかに薄れていった。
森は冬の王が力なく湖底に落ちていく姿を感じて扉を緩めた。
森の木々は空を旅する風と何事かささやき合った。
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闇の夢につながれていた者たちは歳月の光に迎えられた。
目を開けたとき柔らかな空気の中にはじき出された。
驚き混じりに思わず小さな笑い声を上げた。
夜明けの森はそんな笑い声であふれた。
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森の扉から春の民が次々に姿を現した。
空は虹色の雨を降らせて民に祝福を与えた。
太陽はいつもより多くの光を大地に贈った。
風は霞のかかる山肌で芽吹きのダンスを捧げた。
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森は春の民が吐く息で香り高く染められていった。
歳月は春の王国を見届けて空へと高く昇って消えた。
川の歌声がぬくもりとなって王国の隅々に行き渡った。
森は沈黙したまま春の夜を待った。
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