その魂は果てしない旅の終わりに(13)

存在に対してひとつの大きな疑問があった。

それはマインドではないのかということだ。

マインドが存在を自分のように仮装している可能性も否定できなかった。

このことを確かめることは難しかった。

それは難しい理由があったのだ。

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マインドは思考のことだ。

だが、存在には思考がない。

マインドには感覚がある。

だが、存在には感覚がない。

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存在には確かに存在しているという感覚がある。

つまり、存在自体に感覚がないのであれば、

感知されるそれはマインドの幻想である可能性があるのだ。

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この今の状況に至るためには、

誰かが自分とは誰なのかと思い、それを探求する必要があった。

それはマインド以外にはなかった。

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そしてマインドには様々な感覚がある。

その感覚が世界や心を捉えられたから、そこに理解が起こった。

存在には感覚がない。

なぜならそれは絶対的と考えられていて、

そうであるならそこに感覚は存在し得ないのだ。

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これはとても難しい状況になった。

存在がマインドの幻想ではないと判断するためには、

マインドと存在とのつながりを明らかにしなければならない。

だが、両者はまるで相反する性質を持っているように思えた。

空風瞑想

空風瞑想は忘れてしまった本当の自分を取り戻す瞑想法です。瞑想の中で、今まで気が付かなかった心の新しい扉を開き、静寂でありながらも存在に満ち溢れ、完全に目覚めている本当の自分をそこに見つけていきます。そこを自分の拠り所にするとき、新しい自分の人生が始まっていきます。