初詣

初詣。朝7時30分に家を出て明治神宮へと向かいました。空は青く晴れて、冷たい空気も気持ちよく感じます。境内に入ったときに大太鼓が鳴り、その響きになんとなくホッとします。境内は正月の華やいでいたであろう雰囲気を残していて、それでも落ち着いた空気は変わらずにあって。今年はじめての参拝。帰り道の参道でふと考えました。多分、人は何か拠り所となる何かが必要なのだということ。そのひとつが神だったりします。神を信じるということを拠り所とする、または神を信じている集まりを拠り所とすることで、この世界での自分の位置がはっきりします。その位置があることで安心して明日を生きていけます。拠り所があることは大事なことなのです。ただ何を拠り所とすればいいかの正しい答えはありません。神もそのひとつではありますが、現実的には家族や学校、会社、団体を拠り所としているかもしれません。そこに自分の位置があれば、自分の存在の意味があるように感じるからです。ただそれは消えていく拠り所です。それを拠り所としていられる時間は限られています。それが失われると途方に暮れます。失われることのない拠り所はあるのでしょうか。そう考えていくと、神に戻っていくかもしれません。ただ、誰も神を見たことがありません。神とは誰なのか、誰だか知らない神を拠り所としていいのか。自分の心の奥には神殿があって、そこに神が鎮座しています。神はそこにいます。その神殿の境内で神とひとつになることができたなら、それが失われることのない拠り所だと気づくかもしれません。


空風瞑想

空風瞑想は忘れてしまった本当の自分を取り戻す瞑想法です。瞑想の中で、今まで気が付かなかった心の新しい扉を開き、静寂でありながらも存在に満ち溢れ、完全に目覚めている本当の自分をそこに見つけていきます。そこを自分の拠り所にするとき、新しい自分の人生が始まっていきます。