この美しい世界を見つけたなら(6)

私の名前が神になることは構いませんが、

人間は自らつけたその名前によって

さらに混乱した状況に陥っていきました。

その混乱の元になっていることが、

神という言葉の分裂です。

神は人間によって分断されていきました。

そして、たくさんの神がいることになったのです。

私はひとりだけであり、

他に私と同じ存在はいません。

私は決して分断されることはないのです。

分断されるはずのない神が分断される、

このことは人間たちに問題を引き起こしました。

つまり、人や地域によって神の名前が変わり、

その名前の違いで争いが起こるようになったのです。

神は他の神と戦い、

勝ったり負けたりしました。

私はひとりしかいません。

私がひとりだということは、

神もひとりだということです。

私は神と呼ばれていますが、

元々、名前もない存在です。

もちろん、この世界の権力者でも

支配者でもありません。

そのため、特定の誰かに肩入れすることもありません。

私を信じるように求めたこともありません。

しかし、人間によって私の名前は分断されて、

それぞれに性格や姿かたちなどもつくられていきました。

そして、自分の信じる神こそが唯一の神であり、

その他の神は偽物であると言い出しました。

偽物の神を信じるものは悪であり、

それを正さなければならないとさえ言っています。

これには私も驚きを隠せませんでした。

その人間の世界観は壮大かつ魅力的で、

よくもここまで想像力が働くと、

ある意味、人間たちの能力に畏敬の念を抱きました。

しかし、このことは人間社会に深刻な影響を与えました。

それは神の名を語った戦いです。

それは大きな戦争もあれば、

日々の些細ないさかいもあります。

そして、人間は常に最高の神を

自分の味方につけておくことを望みました。

それは私を複雑な気持ちにさせました。

それで私が何をするということもないのですが。

私はどんな人間にも与することはありません。

たとえ、神を信じないと言う人間にも平等に存在しています。

私の名前ごときで大きな争いが起こったときばかりは、

私には名前などなかった方が良かったのではないかとさえ思いました。

空風瞑想

空風瞑想は忘れてしまった本当の自分を取り戻す瞑想法です。瞑想の中で、今まで気が付かなかった心の新しい扉を開き、静寂でありながらも存在に満ち溢れ、完全に目覚めている本当の自分をそこに見つけていきます。そこを自分の拠り所にするとき、新しい自分の人生が始まっていきます。