この美しい世界を見つけたなら(3)

間違えてほしくないことは、

名前がないからといって、

私が存在していないわけではないということです。

もちろん、私ははっきりとここに存在しています。

それはもう疑いようのないくらいにです。

名前がないくらいで、

私は存在していないとは言えません。

ただ、この世界では名前がないと

人間には存在していないように思われてしまいます。

人間は世界中のものに名前をつけていきます。

名前がないなら存在していない、

それが存在することは信じるに値しないと判断されます。

あるいは、逆にとても謎に満ちていて、

興味を持たれる対象になりえるかもしれません。

存在しているのに

存在していないような振る舞いをする

名前のない誰かとして。

それでも、私を理解するために

結局、名前をつけようとするでしょう。

もしかすると、

名前のない者と名前をつけるかもしれません。

ただ、どんな名前を私につけても、

人間が私が誰かを知ることはないでしょう。

最初に人間に見つけられてから、

多くの人間たちが私を見つけるようになりました。

しかし、私が何だか分からないままです。

私は名前のない誰かとして知られていきました。

そんな私を否定し無視する人間もいれば、

興味を持って理解しようとする人間もいます。

それで何と呼ばれることになろうとも、

私は黙ったままでいました。

私がどんな名前で呼ばれようとも、

私はわたしであるだけなのです。

空風瞑想

空風瞑想は忘れてしまった本当の自分を取り戻す瞑想法です。瞑想の中で、今まで気が付かなかった心の新しい扉を開き、静寂でありながらも存在に満ち溢れ、完全に目覚めている本当の自分をそこに見つけていきます。そこを自分の拠り所にするとき、新しい自分の人生が始まっていきます。