悟った人が知っていること(10)

完全な悟りとは、以前の感覚からすれば、

何とも理解し難い不思議な世界かもしれません。

そこでは身体や心が幸せを求めることも自由であり、

苦悩に沈んでもがくことも自由なのです。

それではまるで悟る前と同じような気がします。

しかし、そこには大きな違いがあります。

それは自分とは存在であると悟っていることです。

身体や心がどれだけ幸福になろうとも、不幸になろうとも、

自分が存在だという事実は少しも揺るぎません。

そのため、身体や心の状態の変化を受け入れることができ、

それに対して最善を尽くそうとし、

その結果が良くも悪くも受け入れることができます。

そうすることで本当の自分が損なわれることも、

失われることもないため、

存在には何の問題も起こらないのです。

すでにこの世界で最高の理解をしているため、

この世界の基準で言うところの

成功や失敗は大きな問題でもありません。

ただ、小さなことだからと言って

それを疎かにすることもできません。

世界が自分である以上、

それは自分に起こっていることなのです。

だから、宇宙の流れとルールの中で

小さなひとりの人間としてそれに対処します。

身体と心に起こることを尊重し、

それは他人事ではなく、

自分のこととして取り組んでいきます。

すべてが存在であるから、

そこでは何も起こっていないなどと言って、

ほったらかしにすることはできません。

なぜなら、それが身体と心の仕事だからです。

これが受容であり、許しであり、愛と言われていることです。

悟る前の私は自分の心のあり様を変えようとしてきました。

起こることを受容し、許し、愛に変えようとしてきました。

それはとても意味があることでしたが、

どれも上手くいきませんでした。

そのときの私は、

自分の心を完全にすることが悟りだと思っていたため、

一心にそれを求めていました。

しかし、それはいつも中途半端で、

かえって自分や人を傷つけていました。

なぜそうなってしまったのか。

いまでは、それがどうしてか分かります。

それは本当の自分を知らなかったからでした。

本当の自分を知ることは、受容、許し、愛とは無関係に思えます。

しかし、本当の自分にはそれらが完全な姿で備わっているのです。

それは心をそのような姿に変えることではありません。

悟りとは心のあり様を変えることではないのです。

自分が存在だと理解することがすべてです。

存在にはすべてが完全な形で備わっています。

存在であることが完全な受容であり、

許しであり、愛だったのです。

だから、受容するためには本当の自分を知らなければなりません。

許すためには本当の自分を知らなければなりません。

愛するためには本当の自分を知らなければなりません。

すべては本当の自分を悟るところから始まります。

それは今までの考え方とはまったく違うかもしれません。

今までは自分の心を受容する心、許す心、愛する心に変えなければ、

悟ることはできないと思ってきました。

しかし、実際には本当の自分を悟ってから、

受容や許し、愛を自分の中に実現することができるのです。

空風瞑想

空風瞑想は忘れてしまった本当の自分を取り戻す瞑想法です。瞑想の中で、今まで気が付かなかった心の新しい扉を開き、静寂でありながらも存在に満ち溢れ、完全に目覚めている本当の自分をそこに見つけていきます。そこを自分の拠り所にするとき、新しい自分の人生が始まっていきます。