悟った人が知っていること(7)

私が拠り所として見つけた存在は

決して変化することがありませんでした。

それは、私の身体が歓喜の中にあろうと病気に損なわれようと、

心が楽しさに満たされていようと絶望の中に沈んでいようと、

存在は存在として変わらずにそこにあります。

私はそれを何度も確かめました。

私はそうする必要がありました。

ことあるごとに過去の拠り所が

魅惑的な誘いで元の自分に戻そうと

働きかけてくるからです。

存在という拠り所ををよく確かめなければ、

私はまた身体と心の変化する感覚を自分とすることに

簡単に戻ってしまう気がしました。

私はそれが自分の中にあり、

決して変わらないことを本当に何度も確かめました。

そして、自分が存在である限り、

私は過去の拠り所がそうであったように、

それが変化する心配をする必要がないと悟りました。

存在は決して失われることがなかったのです。

時々、私は世界に夢中になり、

その存在を忘れることがありました。

しかし、存在が私を忘れることはありませんでした。

私が意識を向ければ、必ずそこに存在はいました。

そこにいなかったことがありません。

それは私の拠り所として信頼できるものでした。

存在はそれだけで完全でした。

そこに何かが欠けているということがないのです。

満たされていて、満たされないということすら起こりません。

それを損なって不完全にするということもできません。

この存在は私が世界で求めていた完全性とは

まったく間逆なものでした。

完全なるものにつくりあげるというよりは、

不完全にすることができないもの、

それが存在だったのです。

空風瞑想

空風瞑想は忘れてしまった本当の自分を取り戻す瞑想法です。瞑想の中で、今まで気が付かなかった心の新しい扉を開き、静寂でありながらも存在に満ち溢れ、完全に目覚めている本当の自分をそこに見つけていきます。そこを自分の拠り所にするとき、新しい自分の人生が始まっていきます。