悲しみの傷を抱えたままで(11)

結局、私は悲しみを消し去ることができませんでした。

しかし、悲しみがそこにあっても大丈夫な自分にはなりました。

私が自分とは存在であると知ること、

このことが私を幸福にすることはありません。

ただ、幸福であっても、不幸であっても

大丈夫な自分になることができただけでした。

私の心に悲しみの傷が深く刻まれたわけは、

もしかすると、存在であるこの本当の自分を

知るためだったのかもしれません。

もし、心に深い悲しみの傷がなければ、

私はそれを排除するための解決策を

真剣に見つけようともしなかったでしょう。

何も知らない私はこの世界の循環の中で、

その渦に巻き込まれた人間として、

不幸であっても幸せに生きていったことでしょう。

この世界から離れる理由などないということが、

人間にとって最も不運なことなのです。

それは本当の自分に出会う機会がないことになるからです。

私の中の悲しみはそれに気づかせてくれました。

私は人生の悲しみの傷を癒やし、

悲しむことのない自分になろうとしました。

その試みはことごとく失敗しましたが、

ひとつだけそこから抜け出す方法がありました。

それが自分とは存在であると知ることだったのです。

空風瞑想

空風瞑想は忘れてしまった本当の自分を取り戻す瞑想法です。瞑想の中で、今まで気が付かなかった心の新しい扉を開き、静寂でありながらも存在に満ち溢れ、完全に目覚めている本当の自分をそこに見つけていきます。そこを自分の拠り所にするとき、新しい自分の人生が始まっていきます。