悲しみの傷を抱えたままで(5)

私は悲しみでした。

私は苦しみでした。

それを否定することはできませんでした。

私はその黒い重さそのものとひとつになって

心の底に沈んでいまきした。

もはや何をしても

悲しみから逃れることなどできないと感じました。

私は暗闇の中に取り残され、

そこでいったい何をすれば良いか

何も思いつきませんでした。

私には人生に何の希望も持てませんでした。

悲しみは深過ぎて、

もうそこから這い上がることは不可能に思えました。

私はこれ程までに悲しみを抱える自分とは

いったい誰なのかと思い巡らしました。

そうなってまで生きている私とは誰なのか。

そう問い掛けてみても、

私は世界で生きている人間であり、

そこで深い悲しみを抱えている存在だという答えが

虚しい響きとともに返ってくるだけです。

そのとき以前に読んだ本に書いてあったことを思い出しました。

そこで古の預言者は悲しみから離れることができると言っていました。

その預言者は悟りを得れば、悲しみはなくなると言うのです。

私は突拍子もない話なので、この話をすぐに忘れました。

私は願望達成法に夢中になっていましたし、

悟りが何かをまったく理解できなかったため、

今の今まで私はその話をそれほど重要だと思っていなかったのです。

願望達成法にも裏切られ、

ただ悲しみに埋もれつつある私は藁をもすがる思いだったので、

その話を思い出して、改めてそれがどういうことなのか考えてみました。

ただ、そんなことがあり得るのでしょうか。

その預言者の言う悟りとは何でしょうか。

預言者はそれについて多くを語りませんでした。

私はその話をもう一度よく調べました。

そして、悟りとは本当の自分を

知ることだということを突き止めました。

つまり、本当の自分を知れば悲しみはなくなるというのです。

空風瞑想

空風瞑想は忘れてしまった本当の自分を取り戻す瞑想法です。瞑想の中で、今まで気が付かなかった心の新しい扉を開き、静寂でありながらも存在に満ち溢れ、完全に目覚めている本当の自分をそこに見つけていきます。そこを自分の拠り所にするとき、新しい自分の人生が始まっていきます。