生きているという現実の中で(21)最終話

これが私の真実です。


この真実を知るために、

私は無知で純粋な人間として生きてきました。


真実を知るためには、

何も知らない状態が私には必要でした。


そうでなければ、幾多の輪廻転生によって

強固に培われた個人的エゴの影響で、

真実への扉は固く閉められてしまっていたはずです。


何も知らないことは真実を知るということにおいても

リスクがないわけではありません。


その時点で私は自分が誰だか忘れているからです。

それで、この世界で何をしていいかも分かりません。


自分が誰なのかという正しい疑問が起こり、

私の中の、その中心に触れるときまで、

そこで本当の自分に出会って、

それが私になるまで、

この世界での私の探求は終わりません。


私がこの世界で生きてきた理由は、

自分が誰なのかの答えを知ることだけでした。

結局、それ以外の理由はありませんでした。


誰もがすぐにこの真実を受け入れられるとは限りません。

それには時間が掛かることも知っています。


存在は実質的に時間が止まっているため、

それに時間がかかって困るということもありません。

存在にとってはこの瞬間が、

宇宙が始まって終わるまでの全時間なのです。


時間の流れの中にある人間の意識が、

多くの経験を通して精神的に成熟し、

そして、いつかそこにいる存在に気がつくまで、

いつまでも私はここで待っています。


空風瞑想

空風瞑想は忘れてしまった本当の自分を取り戻す瞑想法です。瞑想の中で、今まで気が付かなかった心の新しい扉を開き、静寂でありながらも存在に満ち溢れ、完全に目覚めている本当の自分をそこに見つけていきます。そこを自分の拠り所にするとき、新しい自分の人生が始まっていきます。