生きているという現実の中で(19)
私の存在によって世界はつくられています。
だから、世界のすべては存在しているのです。
私は存在としての自分として、
いつも自分で作られた世界を見ていました。
世界に親しみがあり、
そこに私が存在することを自然だと思えたのは、
それが自分自身だからでした。
そして、私が世界の中に不滅を探しているとき、
私はすでにそれを見つけていたのです。
探すことが出来るということ自体が、
自分がその存在だと知っていることなのです。
私は存在の世界にいながら、
人間として生きていたあの世界の全てになっていました。
私はこの真実を忘れていただけだったのです。
私は自分が誰かも分からない人間になった気になって、
同時にそんな記憶を失った人間に寄り添って、
いつでもあの本当の自分への道を見つけられるように、
黙って行先を指し示していました。
どんな人も道を間違うことはありません。
それはいつでも私が寄り添って道を示しているからです。
世界の中で楽しむことに夢中になり、
多少の寄り道はあるかもしれません。
本当の自分を見つけるための、
心の中のその道を行くことをためらったり、
それを疑ったり、そこから引き返したりもします。
本当の自分である私はそれを尊重します。
人間がどのように生きようとも、
それが私でなくなることはないからです。
時間がかかっても、それは何の問題もなかったのです。
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