超人ザオタル(96)無価値の価値
二人の間が熱気を帯びてきた。
「善悪を超えているのですね。
それを知ることは人として正しいことなのでしょうか」
シュマは一言も聞き逃すまいと前のめりになった。
「正しいかどうかという表現が適切かどうか分かりません。
私はただそれを知りたいという衝動が起こったのです」
「なるほど。寺院では善なる者であれ、正しい者であれと教えています。
それとはどうも違うようですね。
自分が存在だと知ることはどれほどの価値があるのでしょうか」
「それはこの世界にとっては何の価値もありません。
それには価値がない必要があるのです。
価値が生じてしまえば、存在に偏りが起こります。
存在には偏りがないという本性があります。
つまり、価値が生じて偏ってしまえば、それは存在ではなくなります。
ですから、存在はその本性のままの無価値である必要があり、
それを自分とするなら、世界において価値はないということになります」
「なるほど、その通りですね。
しかし、ザオタルさまはそれで納得したのでしょうか。
道を行くことは過酷を極めると聞いております。
その結果が価値のない者になるのであれば、
落胆しても不思議ではないと思いますが」
「落胆ですか。確かにそうかも知れません」
そう言って私は笑いかけたが、シュマの真剣な表情にそれを抑えた。
「確かに、そう考えるのはもっともなことです。
ただ、無価値であることの凄さというものもあるのです。
無価値であるから、すべてになることができる。
無価値であるから、そこから価値を生み出すこともできる。
つまり、どんな価値であれ、無価値を超えることはできないということです」
「そうか、そういう考えもあるのですね。なるほど。
ザオタルさまは草原で自分は存在だと理解する体験をされた。
そして、そのことはこの世界では無価値であり、
そうであっても、存在は無価値の凄さがあるということですね」
シュマはそう言って何度もうなずいた。
「その体験という言葉ですが、正確に言うとこれは体験ではないのです。
体験というと、そこに一時的な、過去に起こったことのように聞こえてしまします。
存在は一時的でも過去に起こったことでもありません。
それはずっと起こり続けていて、今もそうなのです」
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