神の声 第4章:星空の伝承(13)

自分とは誰で、

いったい何のためにこの世界に生まれてきたのか。

子供の頃、私は漠然とそんなことを考えた。

だが、それに答えてくれる大人はいなかった。

誰もがどんな人生を送るかに夢中だったからだ。


そんな人たちに自分は誰で、

何のために生まれてきたのかと質問をすることは、

漁師になぜ海があるのかと尋ねるようなものだ。

漁師はそんなこと知らないし、

そんなことを知ろうとするくらいなら、

上手に魚を捕まえるように腕を磨けと言うだろう。

それが現実的な人生なのだ。


誰も本当の自分が誰かなど知らないし興味がない世界で、

自分だけその疑問の答えを探すことはとても疲れる。

誰かに一体何を探しているのかと聞かれても、

この質問の本意を上手く説明することはできないし、

頑張って説明できたとしても、

ほとんどの場合、理解されることはない。


そうすると、私は自分のやっていることに自信がなくなってきて、

もしかすると、

とんでもなく見当違いのことをしているのではないかと思って、

やり場のない苛立ちが募って胸が苦しくなる。


師は私にこう言った。


本当の自分を見つける道は決して楽な道ではない。

むしろ、人生で一番苦しい道なのだ。

その苦しみの割に、

本当の自分を知ったとしても、

それが世界であなたが評価されることもないし、

人として幸福になることも約束されてはいない。


そもそも、本当の自分が存在するのかさえ分からない。

それは何の確信もないまま、

他の土地を求めて海に船を出す旅人のようなものだ。

旅人は航海の途中で諦めて戻ることもあるだろうし、

何も見つけられずに海で命を落とすこともあるだろう。

そんなことになっても誰からも評価されない。


殆どの人は、ここに土地があるというのに、

なぜ他の土地を求めようとするのか理解することができない。

そうであったとしても、

あなたは本当の自分を見つけようとするだろうか。


人生の価値というものは誰にも分からない。

夢を叶えて、成功した人でさえ、

それが本当に自分の望みだったのか確信が持てなくなる。

何をしても満足しないのではないかと思えて苦しくなる。


もちろん、成功者は人生に満足することもあるだろうが、

それは人生の価値を見つけたというよりは、

ただ一時的な達成感に酔っているだけだと、

いずれ気が付くときが来る。


人生には楽しいことや嬉しいこともたくさんあるが、

苦悩することもまた多い。

人生の殆どは苦悩であると言っても良いくらいだ。


私は人生が思うようにならず、誰からも認められず、

人から排斥されたり、支配されたり、

身体や心に苦痛を与えられたりしたことがある。


そしていると、人生にやりきれなさを感じて、

そこから逃げ出したくなる。

そして、苦しみから解放されることだけが願いとなる。


そんな時は、本当の自分が誰なのかとか、

誰が人生を生きているのかを考える余裕などない。

この苦痛を解放してくれるものが真実であり、

そうなりたいという願いしか道が見えなくなるのだ。


それでも、その苦しみの中から現れてくる何かがある。

いったいなぜ苦しみというものがあって、

なぜそれを私が受け入れなければならないのかという疑問だ。


もし、神が人間を創ったのなら、もっと完璧に創るはずだ。

なぜ人間は完璧ではないのか。

苦悩したり、傷ついたり、悲しんだりする人間の不完全さは

何も悪いことをしていない自分からすれば、

理不尽で受け入れ難いものだ。

そういう思いが苦しみの中から浮かんでくる。


人生を喜びや楽しさで満たそうとしても、

苦しみの中でその解放を願っていても、

結局は、自分の不完全さに縛られていると分かるだけなのだ。


どうして自分はこんな運命なのか。

この運命を変えるためには、

人間の不完全さを弄ぶ神の筋書きに付き合っていては駄目だ。

私はそれを超えて新しい自分にならなければと思った。


結局、私は、自分が幸福であっても不幸であっても、

それが完全でないのなら、巡り巡って、

本当の自分を知らなければならないという道に辿り着くのだ。


空風瞑想

空風瞑想は忘れてしまった本当の自分を取り戻す瞑想法です。瞑想の中で、今まで気が付かなかった心の新しい扉を開き、静寂でありながらも存在に満ち溢れ、完全に目覚めている本当の自分をそこに見つけていきます。そこを自分の拠り所にするとき、新しい自分の人生が始まっていきます。