神の声 第4章:星空の伝承(9)


私は様々な思索を重ねていった。

その思索を重ねれば重ねるほど、 

私の完全な自分への熱い思いは縮んでいった。  


そして、心の闇のことは忘れて、 

小さな人間の中に閉じこもることにした。 

結局、それが一番安全だと思ったのだ。 

これも運命であり、私なりの自由な選択だ。  


自分の心の闇を照らそうとすることや、 

本当の自分を知ろうとすることなどは、 

いままでの自分を壊すことになる。 

自分を破壊することなど危険極まりない。 

その結果、どんな自分になってしまうか、 

全く見当がつかないのだ。 


真実には目をつぶろう。 

心の灯火は消してしまおう。 

心の闇という不完全さと共存し、 

悲しみも苦しみもあえて受け入れよう。 

時には楽しいことや幸せな気持ちになることもあるのだ。 

それで十分ではないか。 

私はそう思い直した。  


私は心をぼんやりとさせるように心がけた。 

鋭い観察眼は真実を見つけてしまうことになるかもしれない。 

その目を移ろい行く幻のような世界に向けることにした。 

そこで程々の人生の意味を見つけるのだ。 

そうしておけば危険はない。 


誰かが本当の自分を見つけようなどと言っても、 

そんな人間の相手をしてはいけない。 

自分の存在を危険に陥れる言葉は聞かないことだ。 

それは嘘やまやかし、無意味なことだと自分に言い聞かせる。 

そして、毎日の現実的な生活に目を向けるのだ。 


私の生活はそこそこ忙しい。 

毎日、何かやることがある。 

仕事や勉強を続けることは大切だ。 

どこかに遊びに行ったり、食事を作ったり、 

体の疲れを癒やしたり、ただ眠ったり。 

そういったことに意識を向けていれば、 

人間として生きている実感がある。 

それで、何が不満だというのだ。 

完全に満足はしないかもしれないけれども 素晴らしい人生だ。 


だが、私の師はこう言う。  


本当の自分を見つけなければ、 

その人生は終わることなく繰り返される。 

生まれるときに記憶を失うから知らないだろうが、 

実は、あなたはもう何千回も同じ人生を生きている。 

今日という一日は飽きるほど経験してきたのだ。 

そんな人生に、あなたはどんな意味を見い出せるのか。 

そこのところをよく考えて欲しい。  


ある日、私は公園の芝生に寝転んで何気なく空を見上げた。 

空はどこまでも澄んでいて、

その美しい青が私の心を癒やしていく。 

見ているだけで気持ちが洗われていく。 

やっぱりこの世界は素晴らしいと思う。 


そうしていると、 

急に私は空に吸い込まれそうな感覚になった。 

空に吸い込まれて、自分が溶けてしまいそうになる。 

その感覚に身を任せていると、 

そこに自分の真実を見つけてしまう気がして、 

私は慌てて目を閉じた。  


目を閉じたそこにある暗闇の中でも、 

私はそこに溶けていきそうな感覚を覚えた。 

すぐ目の前に真実がありそうで、 

恐ろしくなって、また目を開ける。 

すると、そこには果てしない青い空が 

私を溶かそうと待ち構えている。  


私は自分の真実から目を背けようとしてきたが、 

それさえ簡単にはさせてくれないようだ。 

こういったことが、人生で繰り返し何度も起こる。 

私はこの世界だけに生きているつもりでも、 

それとは別の何かをいつも突きつけられているのだ。 


自分の真実など人生の出来事に比べれば、 

取るに足らないものだと、 

そう思い込もうとしていても、 

強大な何かがそれを押しのけて、 

私にそれを気付かせようとする。  


そうして真実が私を飲み込もうとする度に、 

私は我に返ってそれを遠ざける。 

自分が誰なのかなど、知ってはいけないのだ。  


私はそんな出来事を忘れるように、 

毎日の忙しい人生に没頭した。 

このリアルな人生以上に意味があることなど何もないのだと 

呪文のように自分に言い聞かせ続けた。


空風瞑想

空風瞑想は忘れてしまった本当の自分を取り戻す瞑想法です。瞑想の中で、今まで気が付かなかった心の新しい扉を開き、静寂でありながらも存在に満ち溢れ、完全に目覚めている本当の自分をそこに見つけていきます。そこを自分の拠り所にするとき、新しい自分の人生が始まっていきます。