超人ザオタル(80)捨てる覚悟
岩山の上に涼し気な風が吹いている。
その風に吹かれていると、幸せな気持ちが満ちてくる。
ずっとそのままでいたいと願いたくなる。
アジタは私の言葉を消化しているのか、しばらくそこで黙っていた。
「ありがとうございます、ザオタル殿。
言葉というものは不完全で、紛らわしさを含んでいますが、
何かを気づかせてくれるものですな。
個我への執着、たしかにそれがあるのです。
個我も自分であっていいと言って欲しかったのかもしれません。
ザオタル殿がそんなことを言うはずもないと知っているのですが。
これも個我が自分として残され、延命したいという願いからなのでしょう。
分かってはいるのです。
分かっているということに改めて気づきました。
あとは私の覚悟なのですな。
その線を超えて行くのか、それとも慣れた世界にとどまるのか。
結局、私はその線を超えていきたいのです。
…、覚悟ができました。
私はアジタを捨てましょう。
そして、その先を見てみましょう。
まだ、道はその先にも続いているようですから」
そう言って私を見たアジタは清々しい笑顔をしていた。
私も黙って笑顔を返した。
日が陰るように草原の光が失われていった。
そこは夜の闇になり、私は深海のような静寂の瞑想に戻っていた。
頭上にゆらめく光を感じて、そこへと浮上していった。
あの宿の食堂の湿気を含んだ空気を感じた。
私はひとつ深呼吸をするとゆっくり目を開けた。
硬い木の椅子の感触がある。
食堂の白い壁が目に入る。
人々がいて、静かに私たちを見守っている。
私はここにいてずっと座っていたと思い起こした。
あの清々しい草原にいたことは夢だったか。
こちらの現実に合ってくると、草原は記憶の奥へと遠ざかっていく。
目の前にはアジタがいて目を閉じていた。
しばらくすると、アジタは何度か深呼吸をして瞑想から出てきた。
ゆっくりと目を開けて、まぶしそうに部屋を見回した。
私はアジタに声をかけた。
「さて、瞑想はどうでしたか、アジタ殿」
アジタは目を閉じて眉間にシワを寄せた。
そして目を開くと私を見て話し始めた。
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