神の声 第3章:大樹の精霊(14)
ある日、ひとりの若い女が大樹の下にやってきた。
そして、そこに座って瞑想を始めた。
精霊は瞑想する女の姿に目を留めた。
久しぶりに見る瞑想者の光景に懐かしさが込み上げてきた。
そこで、精霊はこの女に心の中で声を掛けてみた。
「神聖な光に包まれた扉をいま開かんとする清廉なる聖者よ」
「畏れながらお尋ねします」
「私はあなたの座っている樹の精霊です」
「あなたはなぜそこで瞑想をしているのでしょうか」
「もしよかったら教えていただけないでしょうか」
精霊は女を驚かせないように心の中で控えめに囁いた。
「数千年を生きその深き智慧を風に託す知性の根源を治める大地の王よ」
「あなたに声を掛けていただき」
「喜びで光り輝く清水で身体中が満たされる思いです」
「私がここで瞑想をしているのは」
「自分が誰かを知るためです」
「実は、私は自分が誰かを知っています」
「でも、それが本当の自分なのか確信が持てないのです」
「これを本当の自分だと信じて良いのかどうか」
「それで私は瞑想して本当の自分でいるときに」
「それが自分なのか確かめています」
女はそう精霊に答えた。
「星空の美しさをその瞳に湛える始まりをも超えた唯一の創造者よ」
「あなたは本当の自分を知っているのですね」
「その人として稀なる高貴な知性の前に敬意を捧げます」
「それでも、あなたはそれが本当の自分かどうか信じられない」
「それはどういうことなのでしょうか」
「なぜ、あなたはそれが本当の自分だと信じることができないのでしょう」
「それはあなたの中で確かな真実ではないのでしょうか」
「いったい、何があなたを真実から引き離そうとしているのでしょうか」
精霊はそう女に尋ねた。
「迷える魂を導く愛に満ちた神聖なる暗闇の高貴なる光よ」
「本当の自分を自分だと信じることをためらうのは」
「それがあまりにも人間的でないからです」
「それはじっと動かず、一言も喋らず、ただ暗闇に存在しているだけです」
「そんな人間は世界にいません」
「この世界で人は身体と心を使って何かを表現しています」
「その形の美しさに人間としての喜びがあるのです」
「その造形はそれが自分なのだと確かにいえるものです」
「それでも、私は瞑想で知った本当の自分も自分だと思っています」
「それは確かにそこに存在していて」
「それ以外の自分にはなれないと」
「そう何度も瞑想で確かめています」
「私の中には二人の人間がいて」
「どちらが本当の自分だと言えるのか」
「決めかねています」
女はそう精霊に答えた。
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