神の声 第3章:大樹の精霊(13)
「あらゆる苦難を蜘蛛の巣を払い除けるように歩む力強き先達者よ」
「あなたは本当の自分を即座に知るでしょう」
「あなたの理解は太陽よりも明るく海の底よりも深い」
「これに勝る智慧はこの世界にありません」
「この自分の真実を知ったとき」
「あなたは心の動きや世界の変化を支配します」
「どんな心の動きや世界の変化にも動じることのない自分を」
「心の中に持っているからです」
「心の中にそれを持っているというよりは」
「それが自分自身になっているから」
「そこからあなたが離れない限り」
「どんな人生からもあなたは自由であり」
「そこで満たされ続けます」
「それをあなた自身で直接知ることでしょう」
「直接知るのであれば、それはあなたの真実です」
「そうして、この眠っていた世界は目覚めていくのです」
「あなたの深き智慧に私の敬意を捧げます」
「いつまでもあなたと共にありますように」
精霊はそう男に言った。
「世界の光をすべて集めても遠く及ばない黄金に輝く智慧の導師よ」
「ここであなたの智慧に触れられることの巡り合わせに感謝します」
「私は自分が何者なのかを知りました」
「私の真実を明らかにしました」
「そこに存在するということだけが揺るぎない私の真実です」
「これが私自身です」
「それは消すことも変えることもできません」
「元々、私はそれだったのです」
「世界や心の変化の中に埋もれて、それに気が付くことができませんでした」
「それが明らかになった今、私の探求の旅は終わりました」
「あなたの慈愛に溢れた導きに深い感謝を捧げます」
「このひとつの場所でいつまでもあなたと共にありますように」
男はそう精霊に言った。
それから、この不思議な大樹の精霊の話が広まって、
男と共にたくさんの瞑想者がこの木の下で瞑想をするようになった。
この樹の下で瞑想をすると精霊の導きによって悟りが開ける、
そんな噂を聞きつけた世界中の探求者が集まるようになったのだ。
だが、誰でもこの精霊の言葉を聞けるわけではなかった。
それは、精霊が人を見て、好ましい人だけに声を掛けているというわけではない。
精霊は誰にでも話しかけるが、その声を聞ける人と聞けない人がいるのだ。
そのため、精霊の話しを聞けない人は、
ここで瞑想すれば悟りが開けるなどという話は嘘であると吹聴した。
なぜ、その人は精霊の話しを聞くことができなかったのか。
それは、精霊から自分の望む話を聞きたいと思ったからだ。
自分の望む話でなければ聞きたくないと耳をふさいでいる。
そんな人には精霊がどれだけ語りかけても、その声は心に届かない。
人は寿命を迎えると死んでしまう。
あの男もあっけなく死んでしまった。
しばらくすると、男が語った本当の自分についての話も捻じ曲げられていく。
だんだんと、それは世界で受け入れられやすい話に変わり、
瞑想をすると不幸は去るとか、願望が叶い幸せになれるというものになっていった。
その話はたくさんの人を喜ばせた。
その話を信じる人が増え、本当の自分という真実は失われていった。
それから、大樹は何千年も黙ってその人間たちの姿を眺め続けた。
瞑想をする人も少なくなり、人々は世界の変化に夢中になっていった。
世界で願望を叶えて幸せに生きることが多くの人の目標になった。
そして、瞑想をする意味さえ何だか分からなくなって、
人々は本当の自分から遠く離れていった。
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