超人ザオタル(71)草原の体験
「たしかに、草原の雰囲気は独特でした、アジタ殿。
そこを旅して、私も変わったのです。
ただ、それは私が変わったのであって、世界を変えたわけではない。
それは私の身体や心も変わらなかったということ。
身体は相変わらず年老いていきますし、
心はあれこれと考えを巡らしています。
心配もすれば、悲しくなることもあります。
心の弱さは以前の私とさほど変わってはいないのです。
私がそこで知ったことといえば、
自分が誰なのかということだけです。
それが私を変えたことになるのでしょう。
それを知って、私は草原から戻ってきたのです」
私の話を聞いて、アジタは少し困惑したような顔をした。
多分、自分と同じ体験があるのではないかと期待していたのだろう。
しばらく間をおいてからアジタが口を開いた。
「自分が誰なのかを知る、ですか。
それはザオタル殿にとって意味があることなのでしょうな。
ただ、それは私にとってはすでに明らかなことですが。
それはつまりこの身体と心です。
それ以外にどこにも自分は存在しませんでしょう。
それ以外、どこに自分がいるというのですかな。
私にはザオタル殿の言っている意味がよく分かりません。
人間にとって大切なこと、つまりその願望は、
自分の身体と心をまったく健やかにすること。
そのために世界を旅して、あの草原さえそのためにあるのです。
健康な身体、慈悲深く、それでいて強靭な心、
そういった自分になることが、私たちの求めていること。
何も変わらないということは最も恐れていることです。
あの草原はそれを与えてくれる場所。
実際に私がそう感じているのですから。
自分を知ることなど、当たり前のことであって、
それを知っても、当然ながら何も変わりはせんでしょう。
失礼ながら、
ザオタル殿はそんなことのために草原に行かれたのですかな。
いやいや、もしかして謙遜されているのか。
本当は私よりももっと強い身体と心を手に入れたのかもしれない。
それをあえてひけらかさない。
強い心をお持ちの方はきっとそうするでしょうな。
自分が誰かを知るとは、そういう奥深いことを意味している。
いや、なんだか私は自分が恥ずかしく思えてきました」
アジタは私を敬うような目で見つめた。
「そういうことではないのです、アジタ殿。
私はあの草原で知ったことは自分が誰なのかだけなのです。
ただ、それは明らかに身体や心のことではないのです」
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