神の声 第3章:大樹の精霊(12)
「真実を見据えたまま揺るぎない眼差しで歩む魂の救済者よ」
「すべてを捨て去ることは簡単にはできないことです」
「あなたのその直向きな思いに敬意を持たずにいられません」
「ただ、少しだけ分からないことがあります」
「あなたは自分の真実を知るために」
「心の状態を変えようとしているのでしょうか」
「そして、自由で喜びに満ちた気持ちになることが」
「あなたの求めていることなのでしょうか」
「もし、そうであるなら」
「それは必ず変化するため」
「あなたは求めている真実を手にすることができません」
「もちろん、一時的に自由で満ち足りた状態にはなるでしょう」
「でも、それを維持することはできないのです」
「もし、それを維持しようとすると苦しみになります」
「あなたは自由で満ち足りた状態を維持しようと」
「苦悩することになります」
「そんな状態になることが」
「本当にあなたの求めていることなのでしょうか」
「それがあなたの言う本当の自分なのでしょうか」
「私の師は、本当の自分とは」
「心の中で微塵も動かない存在だと言っていました」
「その存在が自分だと知ることで」
「あらゆる心の状態を超えて完全になるのだと」
「それは無の境地であったり」
「喜びに満ちた気持ちになることではありません」
「それよりももっと深い所にある存在になることです」
「それは、無の境地にあると知っている誰かであり」
「喜びに満ちた気持ちになっていると分かっている存在です」
「その存在は決して変化しません」
「それだけが自分の真実だと言えるものです」
「私の師もあなたも同じように瞑想をしていましたが」
「そこで求めるものは違うようです」
「あなたはそんな本当の自分を知りたくはないのでしょうか」
精霊はそう男に尋ねた。
「あらゆる障害を踏み越えていく力強い生命の炎よ」
「あなたの話しを聞いて目が覚める思いがしました」
「私が求めていたものは確かに心の状態」
「それは必ず変化するものです」
「瞑想のとき、何も考えない無の境地になることはあります」
「でも、いつもそうなるわけではありません」
「瞑想していない時には、無意識に何か考え事をしています」
「自由で満ち足りた気持ちになることもありますが」
「ずっとそんな気持ちでいるわけではありません」
「ただ、無の境地も満ち足りた気持ちも素晴らしいと感じるため」
「ずっとそういう状態になれれば良いことだと考えるのです」
「それを実現するために私は瞑想を続けてきました」
「でも、あなたのお話を聞くにつれて」
「私の瞑想で求めていたものが少し的はずれな気がしてきました」
「私が求めているものは自由で満たされた気持ちですが」
「その本当のところは、変わらないという状態のことです」
「変わっていく世界の中で、同じように変わっていく自分は」
「努力次第で良くも悪くもなります」
「それを良い状態だけに止めようとすることは確かに無理なこと」
「世界も私の心も、いつも変わっていきます」
「その無理なことを、無理だと知りながら」
「私はその状態を求めてきました」
「そう、いつの間にか、私は」
「心や身体が幸福である状態を求めるようになっていたのです」
「元々、私は自分の中の変わらない状態になりたかった」
「そのために瞑想で無の境地になろうとしてきました」
「無であれば、それ以上の無になることができないからです」
「それが究極であり、完全な解放だと思ったのです」
「しかし、結局は無の境地から」
「どんな変化が期待できるのかということに」
「私の興味は移っていきました」
「私は知らないうちに」
「世界の変化の中に引き戻されていたのです」
「そして、自分が良い変化になることを望んでいました」
「瞑想して良い変化になることに喜びさえ感じていたのです」
「それは世界の変化にあるものですから」
「本当の自分であるはずがありません」
「もちろん、喜びもつかの間のことに過ぎません」
「つかの間のことであるがゆえに」
「私は瞑想をしながら」
「心を良い状態にするべく」
「それを飢えた獣のように追いかけていたのです」
「私の無の境地は自分の真実に向かっているどころか」
「気づけば、それとは全く反対の世界に進んでいました」
「あなたの師が言われたことは本当のことです」
「変化しない存在である本当の自分自身を知ること」
「私が瞑想で知ることは、確かにそれだけで良かったのです」
男はそう精霊に答えた。
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