超人ザオタル(69)草原帰り
食事を終えると、斜向かいに座っていた男が声をかけてきた。
「失礼ですが、草原帰りですかな」
そう言って、私を値踏みするような目で見た。
この町では草原帰りという言葉があるようだ。
「ええ、いかにもそうですが」
私はそう言って慎重さを含みながら微笑んだ。
草原帰りの人間がどのように思われているのか分からない。
「そうですか、実は私も草原帰りなのです」
男はホッとしたような表情をした。
「私はアジタと申す者です」
そう言って、胸に手を当て小さくお辞儀をした。
「私はザオタルと申します」
「草原はいかがでしたかな、ザオタル殿」
アジタは世間話でもするように聞いてくる。
「いかがかと聞かれても、なんと答えていいやら」
私は質問の意図を計りかねて困惑した。
「いやいや、不躾な質問で申し訳ない」
アジタはそう言って、私の目の前の椅子に座り直した。
「私は長年、草原を探しておりまして。
御存知の通り、なかなかあそこへは行こうと思っても行けないのでね。
ようやく草原に着いたときには喜びで胸がいっぱいになりましたよ。
それで勇んで草原に足を踏み入れたのですが、
何日歩いても、草原の景色は変わらず。
そこで何かを見つけることも、手に入れることもできなくてですな、
まあ、そういうことでまたこの町に戻って来たのです。
いったいあの草原とは何だったのか。
いまでもよく分からんのです。
ザオタル殿はいかがだったのだろうと。
同じ草原を歩いた者としてお聞きしたかったわけでして」
「そうでしたか、それはそれは。
アジタ殿はまたどうして草原を目指されたのですかな」
私とは境遇がかなり違うように思えた。
「それはもう、あわよくば神にお会いするためです。
草原には原初の神が住まわれていて、
そこで会った人間に特別な力を与えるといわれてるのでね。
ザオタル殿は違うのですかな」
アジタは少し怪訝そうに私を見た。
「そのような話は初耳ですな。
私は道に誘われるままに歩いて草原を見つけたのでして。
見つけたというよりは、自然にそこに着いたという。
とにかく歩くことが私の使命と感じてましたので。
そこで私は一本の大木に住む少年に会いました」
私がそう言うとアジタは一瞬息を止めて目を光らせた。
ミスラのことは説明が面倒なので話すのを控えた。
「ほほう、そこで誰かに会われたのですな。
素晴らしい。
その少年は神のようでしたか」
アジタは微笑みながらも、多少の期待と疑いを含んだ口調でそう言った。
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