超人ザオタル(68)世界の自由
私は言葉を口にするのに黙って思慮を重ねていた。
それを見ていたハルートが先に言った。
「ザオタルさま、今日はお疲れでしょうから、
少しお休みになってください。
私は宿の食事の支度がありますから、
またお声掛けに参ります」
「…ありがとう、ではそうさせていただくことにするよ」
私は重苦しい思慮から解放されて、一息ついた。
ハルートは立ち上がると扉を開けた。
振り向いて私に笑顔を見せ、軽くお辞儀をして出ていった。
扉が小さな音を残して丁寧に閉められた。
私はしばらくその扉を見つめ続けた。
気づくと、身体から疲れが押し寄せてきた。
あまり気にはしていなかったが、旅で無理もしていたのだ。
この世界は私に何をさせようとしているのか。
私はベッドに横になり目を閉じると、すぐに眠ってしまった。
遠くで扉をノックする音を聞いた。
その音で私は目が覚めた。
ゆっくりとこの世界に感覚が戻って来た。
「お食事の支度ができました」
そう扉の向こうからハルートの声がした。
「どうぞ食堂までお越しください」
そう言うと、扉から去っていく足音がした。
私は洗面所を見つけて、顔を洗った。
タオルで顔を拭きながら久しぶりに鏡に映った自分の姿を見た。
ザオタル、こんなところにいたのか。
ところで、おまえは誰なのだ。
そんな声がかすかに聞こえた気がした。
食堂はすぐに見つかった。
数人の宿泊客がすでに食事をしていた。
ハルートが手を上げている。
「どうぞこちらへ」
私はハルートの立っているそばの席に行き、礼を言って座った。
ハルートは私が座るのを見届けると、また仕事に戻っていった。
こんなところで食事をするのはいつぶりだろうか。
目の前にはいい香りのする温かい食事が用意されていた。
口に運ぶすべての料理が美味しかった。
これが食事というものか。
ずっと野宿を繰り返してきた私に何かを思い出させた。
そう、それはアルマティの家の食事だ。
世界は食料を人に与え、それを人は料理する。
それを食べて、人は何かを考えるのだ。
何を考えるかは自由。
そしてその考えから行動を起こす。
考える前に行動を起こすこともあるかもしれない。
考えは行動のあとに理由をつけることもあるのだ。
私はゆっくりと恵まれた食事を味わった。
どんなものであれ、これは世界が与えてくれる。
なぜ世界はこうして私を生かすのか。
これからの私に何を期待しているのか。
それとも何も期待せずにいるのか。
私には何もしない自由さえ与えられているのだ。
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