神の声 第3章:大樹の精霊(7)
「大宇宙の神秘を見通し、あらゆるものに真実を伝える覚者よ」
「自分が本当の自分、つまり存在だと知れば」
「悲しみや恐れと言う感情が心に起こっても」
「平気になるということでしょうか」
「誰もがその感情で困っています」
「それは、どんな感情に対しても」
「平然としていられるくらい」
「心を強くしてくれるのでしょうか」
精霊はそう男に尋ねた。
「聖なる水流の中に真実を見る目を持つ竜族の王よ」
「自分が存在だと知ることは心を強くすることではありません」
「それはそんな心の変化を超えていきます」
「心の変化を超えたところにいて」
「心そのものでありながら、心の変化に影響を受けずに存在するのです」
「例えば、水は嵐の海になることも澄んだ湖になることもできます」
「冷たい雪や氷になり、時には空を舞う雲や雨にもなります」
「そう姿形は違っていても、それらは水であることに違いはありません」
「このことは疑いようのない真実です」
「それと同じように」
「存在でできている心の姿がどのように変わったとしても」
「存在自体が変わることはありません」
「存在自体が変わることがないのであれば」
「それが悲しみや恐れになっても、存在には何の問題もありません」
「このことは自分とは存在であるという」
「確かな信頼がなければ理解することができないでしょう」
「その理解に少しでも不確かなところがあれば」
「たちまち生命は心の変化に飲み込まれてしまいます」
「それは悲しみや恐れだけではありません」
「心地よさや幸福感といった好ましい状況にも飲み込まれます」
「それを得たり失ったりすることに自分自身を重ねて」
「自分が良くなったり悪くなったりしていると思い込むのです」
「そして、それが一種の執着になります」
「心が良い状態にならなければ」
「人間として不完全であると信じ」
「そんな自分を変えなければと思います」
「心が良い状態の人間になりたいという思いは」
「もちろん悪いことではありません」
「ただ、本質的な場所から見ると」
「そうすることは限界があります」
「世界という変化する場所においては」
「自分を良い状態に固定することは不可能なのです」
「世界の変化という強大な力の前では」
「心の状態を望ましい形に固定しようとしても」
「それがどれだけ心の強い人であっても」
「とうていそれに太刀打ち出来ないでしょう」
「心を強くすることは」
「本当の自分を知ることと全く違った領域の話になります」
「心を強くすることを超えていくためには」
「瞑想して本当の自分という真実を」
「確実に自分で理解しなければなりません」
「そうしなければ、変化する世界の中に巻き込まれて」
「いつまでも心の変化に左右される人間であり続けるでしょう」
男はそう精霊に答えた。
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