神の声 第3章:大樹の精霊(3)
「底知れぬ深い井戸の目を持つ不滅なる真理の具現者よ」
「私は最も古い自分のことを知りませんでした」
「私は数千年もこの大地に生きていますが」
「その生まれる前については知る由もありません」
「この世界においては、いま生きているということだけが真理です」
「ここに誕生する前に、どんな自分として生きていたのかは」
「現実味がなく、まるで過ぎ去った幻のようです」
「あなたが言われるその最も古い自分とは」
「宇宙を漂流する魂のようなものなのでしょうか」
精霊は男にそう尋ねた。
「大宇宙の暗闇に黄金の幹を輝かせる聖なる大樹よ」
「本当の自分とは魂ではありません」
「魂にはまだ個人的な匂いが残っています」
「それは個として区別できる存在です」
「本当の自分は個人的な匂いが全くありません」
「瞑想によって本当の自分を見つけたのなら」
「それとひとつになるために」
「私から個の匂いを消していかなければなりません」
「そうして最も古い自分とひとつになると」
「本当にそれ以上古い自分に遡れないと分かります」
「そうなった時、私は個人ではなくなっています」
「最も純粋な魂さえ超えて、自分がただの存在になっているのです」
「私は自分の根源がただ存在することだと知っています」
「今もそれそのものになるために瞑想をしています」
男は精霊にそう答えた。
「全知全能の神をも超えて宇宙の深淵に生きる大いなる知性よ」
「自分がただの存在だと知ることに意味はあることなのでしょうか」
「世界で生きることは神秘的で色彩豊かな美しさがあります」
「でも、あなたのお話からすると存在にはそんな美しさを感じません」
「私が感じるのはそこに何もないという空虚さの支配です」
「そんな空虚さが本当の自分だと知ることは」
「悲しいことのような気がします」
「そんな自分を知ることは」
「世界の色彩豊かな姿に勝るものなのでしょうか」
精霊は男にそう尋ねた。
「どこまでも高みを目指す荘厳なる樹木の大王よ」
「存在には色彩はありません」
「でも、色彩は存在がなければ生まれることができません」
「存在とは決して空虚なものではなく」
「すべての可能性の未発現の状態なのです」
「世界のすべてがこの存在に根ざしています」
「本当の自分とは世界の可能性のすべてなのです」
「ただ、未発現と言うだけで」
「それを空虚であるとか美しくないと決めつけることは」
「あまりにも表面的な見方でしかありません」
「ただの黒い土がなければ、どんな美しい花も咲くことができません」
「花の美しさだけにしか目を向けないなら」
「その発現の源である黒い土を無視していることになり」
「美しさの本質を見誤ることになるでしょう」
「その生命の根源を知るために瞑想をして」
「そこにある存在が確かに自分だと知れば知るほど」
「それが何の動きもなく、いつでもそこに在るということに」
「空虚さどころか、想像を超えた凄さを感じるのです」
男はそう精霊に答えた。
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