神の声 第3章:大樹の精霊(2)
「この世のすべての智慧をその手にする高潔なる賢者よ」
「この世界から自由になることを望むのなら」
「あなたにとって、この世界は意味のないものなのでしょうか」
「私はこの世界に長く生きていますが」
「この変化する美しい世界を愛しています」
「そして、この世界にいつまでも長く生きることを望んでいます」
「私のこの考えは間違っているのでしょうか」
精霊はそう男に尋ねた。
「誰よりも長く世界を眺める聡明なる天空の覇者よ」
「世界は変化するものであり、それを止めることはできません」
「それを止めようととすれば、世界は壊れてしまいます」
「変化する世界はすべての生命の住処であり」
「そのこと自体は尊重されるべきことです」
「そこに生きることは、もちろん意味のないことではありません」
「ただ、その生命はどこから生まれたのでしょうか」
「それを知らなくても」
「この美しい世界で楽しく生きていくことはできるでしょう」
「でも、私はそんな世界に背いてでも」
「私自身の根源という生命の神秘を知りたいと思いました」
「それを知らなければ」
「私はまるで死んだまま世界で生きている気がしたのです」
「この色彩あふれる世界を拒絶するように」
「じっと目を閉じて座っている私のことを」
「この世界を愛する人は、理解し難いと思うかもしれません」
「無駄なことをしていると感じるかも知れません」
「ただ、私が目を閉じて何もしていないと、そう見えたとしても」
「私の心の中では未知の世界への壮大な探求が行われています」
「それもまた、世界での生命のあり方だと思っています」
「この世界での生き方に正しいも間違いもありません」
「私は、ただそう生きてみたいと願っただけです」
「そうして、世界の変化とともに生きるひとりの人間を超えて」
「自分の中に本当の自分を知ることで」
「この世界を本当に生きていると」
「そう分かると思えたのです」
男はそう精霊に答えた。
「世界のどんな恐ろしい業火をも平伏させる闇の破壊者よ」
「私は生命の神秘とはこの世界の現れだと思っていました」
「その生命の一生に起こる予測できない変化が神秘であり」
「それが神の見えざる手による畏怖すべき出来事なのだと」
「その神が支配する世界で」
「神の心に沿って生きることが生命の切なる望みで」
「私はそう生きることのみが全てであると思えます」
「これが私の数千年の生きてきて得た智慧です」
「あなたはそれを超えると言われる」
「神からあなたに与えられている豊かな生命では満足せず」
「それを超えて、あなたはそこに何を見るのでしょうか」
精霊はそう男に尋ねた。
「孤独にしてすべてを包み込む高貴なる豊穣の泉よ」
「私がそこに見るのは生命の根源そのものです」
「本当の自分とは生命の始まりであり」
「最も古い自分なのです」
「最も古い自分は、個人ではありません」
「それは形すらありません」
「形はありませんが、存在はしています」
「それは目には見えませんが」
「生命の苗床として、世界を豊かに栄えさせています」
「それがなければ、この私も世界も存在できません」
「そんな生命の神秘を知ることができるのは」
「私もそれでできているからです」
「心の内側に目を向ければ、それが分かるのです」
男は精霊にそう答えた。
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