神の声 第3章:大樹の精霊(1)
その大樹は深い森の中に立っている。
そこで朽ちることなく、数千年を生きてきた。
大樹の姿は森の他の木々と比べて際立って大きく、
その幹は壁に思える程に太い。
幹からはいくつもの枝が力強く上へと伸び、
その先に繁る無数の葉たちが、空一面を鮮やかな緑で覆っている。
遠くの山から森を眺めれば、
抜きん出た大樹のその壮観な姿を目にすることになる。
大樹は、いつもその高みから遥か彼方まで広がる大地を見渡し、
一枚一枚の葉に当たる気まぐれな風の舞いや、
地中深く張り巡らした根から伝わる大地の鼓動を感じていた。
たくさんの鳥たちがその枝を住まいとし、
森の動物たちが樹の実を食べにやって来る。
大樹は多くの生命たちをその腕の中に抱えて育み育てている。
それが大樹にとっての生きている日常だった。
その生命たちの営みに触れていると、大樹は微笑ましい気持ちになる。
何千年生きていても、それに飽きることはなかった。
ある日、ひとりの男がやってきて、大樹の根元に腰を下ろした。
そして、そこで瞑想を始めた。
大樹はそんなことをする人間を初めて見たので、とても興味を惹かれた。
男は、時折、近くの小川で水を浴び、僅かな樹の実を口にする以外、
ずっと樹の下に座って瞑想をしている。
大樹は、目を閉じてじっと座っている男を見るたびに、
一体何のためにそんなことをしているのか不思議に思った。
大樹は好奇心を抑えきれず、男の心の中で声をかけてみることにした。
「大地よりも深く、風よりも軽やかな心を持つ至高なる聖者よ」
「畏れながらお尋ねします」
「私はあなたが座っている根を生命とする樹の精霊です」
「あなたはそこで何をしているのでしょうか」
「良かったら教えてもらえないでしょうか」
大樹は男を驚かせないように控えめな声で話しかけた。
「偉大なる大樹の精霊よ」
「大地の守り神にして空を支配する王に声を掛けていただき」
「私の心は喜びによって光に満ちる思いです」
「私はここで瞑想をしています」
「瞑想をして、自分を見つめているのです」
男は心の中で大樹の精霊にそう答えた。
「底知れぬ心眼の持ち主にして深遠なる静寂の支配者よ」
「瞑想とは何でしょうか」
「瞑想して自分を見つめることで、何を得ることができるのでしょうか」
精霊はそう男に尋ねた。
「生命の根源に座する高貴なる黄金の種子よ」
「瞑想は自分を知るための行になります」
「瞑想しているとき、私は自分の心の中心にいて」
「そこで本当の自分自身を知ろうとしているのです」
男は精霊にそう答えた。
「誰も動かし得ぬ大岩をもひれ伏させる完全なる不動の勝者よ」
「本当の自分を知るとはどういうことなのでしょうか」
「それを知ることに意味はあるのでしょうか」
精霊はそう男に尋ねた。
「無上の慈愛に満ちた偉大なる大地の統治者よ」
「本当の自分を知ることは、決して変わることのない自分を知ることです」
「本当の自分は変化することがないのです」
「ほとんどの人間は身体や心が自分だと思っています」
「しかし、それは世界の動きに合わせて変わっていくものです」
「世界は動くという性質を持っています」
「つまり、変わっていく身体や心は世界のものなのです」
「世界の動きに合わせて変わるものは、本当の自分ではありません」
「だから、私は世界の動きに左右されない」
「本当の自分を瞑想で知ろうとしています」
「私の中に本当の自分がいることは分かっています」
「それをより知ることで、私はこの世界から自由になることができます」
「自由になること、それは私にとって意味あることになります」
男はそう精霊に答えた。
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