神の声 第2章:砂漠の行者(18)
しばらくして、急に私は瞑想から覚めた。
目を開けると、宮殿のソファーの上に座っていた。
女が隣りに座っていて、私と目が合った。
「あら、瞑想から戻ったの」
「どうだった、瞑想は」
「何か分かったのかしら」
女はそう笑顔で言うと私の様子をうかがった。
「ええ、瞑想は、そうですね…」
「さっきまで、砂漠にいたはずなんですが」
私はまだ朦朧とする頭でそう答えた。
「あら、あなたはずっとここにいたわよ」
「砂漠になんて行ってないわ」
女はそう言うと困った顔をした。
そう言われると、私はずっとここにいたような気がする。
服も砂で汚れているわけではないし、身体の状態も変わってはいない。
「そのようですね」
「とてもリアルな夢を見ていたような気がします」
私はそう言って小さく笑うと息をひとつ吐いた。
「それで瞑想で何か分かったの」
女は興味深げな顔でそう言って私を見た。
「何か分かったかって…」
「そうですね、自分の中に見えない自分がいると分かりました」
「それは、何というか、とても確かで」
「この世界の確かさとはまた違う確かさというか」
「それが本当の自分なんではないかと」
私は上手く説明できないもどかしさを感じた。
「何だか難しそうね」
「それで、それがあなたの求めている答えなのかしら」
女は困惑した顔でそう言った。
「ええ、そうですね」
「何というか、それが今まで私が知らなかった自分だとは分かりました」
「私はずっと自分の中にいたこの自分を知らなかったんです」
「多分、その自分を見つけて、それを本当の自分にすること」
「それが求めている答えなんだと思います」
私自身はそう分かっているが、人に説明するのが難しい。
多分、私の言葉だけでは女の心には響くこともないし、
理解されないだろうと思った。
「そんな本当の自分を見つけることが答えですって」
「そのために砂漠で生命をすり減らしたり」
「ここで一日中黙って瞑想をしたりして…」
「私にはとても理解できないことだけど…」
「でも、とにかく、それが見つかって良かったわ」
「これでもう、あなたの自分探しは終わりということかしら」
女はそう言って少し安堵の表情を見せた。
「いえ、まだそれが確かじゃないんです」
「確かだけども、まだ確かじゃない気がするというか」
「その、本当の自分の体験だけでは駄目なんです」
「体験じゃない、もっと確かなものがあるはずで」
私はそこまで言って言葉に詰まった。
「これ以上、あなたは何をする必要があるの」
「ただ黙って瞑想して時間を費やすだけなんて」
「ただの人生の無駄遣いよ」
「あなたには生命あふれる身体があるし豊かな感情もある」
「それをこの人生で活かさないないで」
「じっと瞑想して、そんなつかみどころがないものを探すのって」
「それはちょっとおかしなことじゃないかしら」
私は女の言葉に心が揺れた。
確かに、私は瞑想中、本当の自分でいることに退屈していた。
そして、そこを飛び出して活動したいと思った。
私はいつの間にか活動していて、すぐにその活動に夢中になった。
そこには静かに行儀よく自分でいることの感覚は微塵もなくなっていた。
その活動は私を楽しい気持ちにさせた。
私は本当の自分に留まることができなかったのだ。
瞑想が上手くいかなかった。
「その通りなんですが」
「まだ納得できていないということは」
「自分の疑問に完全な答えが出ていないということです」
「私は本当の自分とは何なのかをもっと知らなければ」
私はそう言いながら、
活動につられて瞑想が上手くできなかったことを悔しく思った。
「本当の自分は大切なんでしょうけど」
「もちろん、あなたがそれを求めることを邪魔するつもりもないけど」
「あなたは人生の喜びを捨てているように見えるわ」
「確かなことは身体や心で感じること」
「その確かさを見ようともしないで」
「本当のことなんか分かるのかしら」
「生きていることの喜びは誰もが認めることだし」
「心の中の素晴らしい考えや、至福に満ちた愛の感情も」
「あなたの中に確かに起こること」
「それを中途半端なまま置き去りにして」
「本当の自分とやらを見つけることに意味があるのかしら」
「あなたがやろうとしていることは逃避ではないの」
「ひねくれた考えから起こる、人生の喜びからの逃避」
「あなたの人生の時間は限られているというのに」
「それを無駄に費やすことは愚かなことに見えるわ」
女は心配そうにそう言った。
私は目が覚めたような気がした。
瞑想に時間を使って、それで本当の自分を見つけて何になるというのか。
生きている間は生きていることの素晴らしさを感じれば良いのだ。
それ以上の何があるというのだ。
オアシスに居れば何の苦労もなく人生の喜びを享受できる。
それを受け取らないなんてどうかしている。
上手くいかない瞑想のことをくよくよして時間を無駄にするなんて何の意味もない。
私は女を見て微笑んだ。
「あなたの言う通りかもしれません」
「私は意味のない夢を見ていたような気がします」
「目の前にある人生の喜びを無視する理由が分からなくなりました」
「本当の自分を知って、それでどうなるものでもないし」
「瞑想だって、本当は上手くいってないんです」
私は自分を憐れむように笑った。
「分かってもらえてよかったわ」
女もそう言って笑うと、私の肩にそっと手を触れた。
それから私たちは楽しく食事をした。
私はこれから始まるオアシスでの生活に心を踊らせた。
もう砂漠には行かない。
そう決めたのだ。
私は暖かい風呂に心ゆくまでつかり、きれいな服に着替えてベッドに入った。
本当の自分が誰かなんて考えるのは止めよう。
そう思って目を閉じたが、なかなか眠れなかった。
もやもやした思いが心の何処かに残っている。
自分でも納得したつもりが、まだあれが気になっているようだ。
私はソファーに腰掛けると、瞑想を始めた。
これで何も分からなければ最後にしよう、そう思った。
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