神の声 第2章:砂漠の行者(17)
「よう、瞑想はどんな感じだ」
どこか遠くで男の声がする。
「そろそろ、何か分かったか」
今度はかなり近くで声が聞こえる。
私はその声に導かれるように、
瞑想の繊細な感覚から離れていった。
そして、ゆっくりと目を開けた。
目の前には、あの男が笑いながら座っている。
ここは、宮殿ではなくてあの砂漠だ。
座っている砂の感触で分かる。
私は冷たい砂漠の夜の空気を感じながら、
こうなることを半ば諦め気分で受け入れていた。
「ええ、まあ…」
瞑想から覚めたばかりで、意識が少し朦朧としている。
うまく言葉が出てこない。
「ええ、何となく本当の自分が誰だか分かってきました」
「それを見て確認することはできませんが、そこに自分が確かにいると感じます」
「これ以外の自分はどこにもいません」
「この自分はひとりだけです」
私は意識をこちらの世界に合わせながら、思いつく言葉をただ口にした。
「なるほど、ここまで来た人間は久し振りだ」
「おまえ、本当に筋が良いな」
男はそう言って笑いながら身を乗り出して私の腕を軽く二回叩いた。
「そうだな、これからは瞑想でその自分をしっかり繋ぎ止めることだ」
「それは、おまえにとって生まれたてのか弱い感覚だからな」
「しっかり捉えてないと、この世界の強い感覚に押しつぶされる」
「そうならないように、瞑想の中で少しずつそれを強いものに育てていくんだ」
男は優しい顔でそう言った。
男にそう言われて少し安堵する。
私は間違っていないようだ。
だが、私が求めているものは本当にこれなのか、まだ分からない。
ただ、これは今まで私が手に入れてきたものとは明らかに違う。
完全に受け入れるにはまだ違和感が残るが、
もっとその先を見てみたい。
「ただ、まだしっくりこないことがあって…」
「それは本当にこれが私の求めていたことなのかということです」
「瞑想中に私がここに在ると分かります」
「それが何になるというのでしょうか」
「それで、私の心の棘は抜けるのでしょうか」
私は眉間にしわを寄せて男を見たが、男はただ微笑んでいるだけだった。
私はまだ自分が分かったことに自信がなかった。
「そう答えを焦らずに」
「じっくりと瞑想してみることだ」
「…そうだな、オレがおまえに言えることは」
「この道で間違いないということだ」
「まあ、もちろんオレの言うことを信じるかどうかはおまえの勝手だ」
「これを途中で止めることはいつでもできる」
「自分でこれは明らかに違うと思えるところまでやってみたらどうだ」
「どのみち、いまのところ、おまえはこれしかやることもないだろう」
男はそう言いうと、おどけたような仕草をした。
私も瞑想が嫌なわけではない。
続けようと思うが、半信半疑の中途半端な気持ちで続けて良いのだろうか。
そう思うのだ。
だが、まだ始まったばかりだ。
男の言う通り、結論を急ぐこともないだろう。
「ええ、分かりました」
「私も早急に答えを求めているわけではないですし」
「それに、この道を突き詰めてみたいという思いはありますから」
私はそう言って顔の緊張を緩めた。
男は微笑みながら私の顔を確かめるように見たあと、
風のように姿を消した。
私は砂漠の夜の静寂の中にひとり取り残された。
圧倒的な静寂だけがそこにある。
この静寂が瞑想に続いている感じがする。
私は目を閉じて瞑想に入っていった。
瞑想を始めるとすぐに私は自分の在る処に触れて、
それに同化していった。
自分はこの自分だけで、それ以外には誰もいない。
確かにそれは真実だ。
そこに在る感覚はとても安心感があった。
街の酒場で過ごす楽しい時間とはまた違っている。
それはいつでもそこに在って、弱まることも失われることもない。
ただ、そこにいても何も起こらない。
気持ちの高揚も、豊かな愛の感情もない。
それは、ある意味、人間らしくないのだ。
私はそう思うと少し窮屈になった。
そして、そこでじっとしていることが辛くなってきた。
にわかに心の中が騒がしくなる。
街のことやオアシスの楽しいことが思い出された。
私はこの退屈さから逃れようと記憶の扉を開けた。
そこにある出来事の記憶を拾い上げ始めた。
そして、心の中でイメージや言葉が踊る姿に夢中にになった。
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