神の声 第2章:砂漠の行者(12)

「おい、起きろ」

 男の声がして、私は目を覚ました。

 目を開けると、あの男が目の前に座っている。


「まだ、ここに戻ってこれるとは…」

「おまえ、なかなか良い魂をもっているな」

「見込みがあるかもしれん」

 男はそう言うとにやりとした。


「ああ、またここなんですね…」

 私は男を見ると、落胆してひとつため息を付いた。

 冷えた空気で満たされた砂漠の夜の静寂を肌で感じ、

 それが砂漠にいるという現実を私に知らせる。


「ああ、ここだよ」

「あのな、これはおまえが望んで戻ってきてるんだぞ」

「オレがあそこから連れ去ったわけじゃない」

「そこは、誤解しないでくれよな」

 男はそう言って、おどけるように笑った。


「ええ、きっとそうなんでしょう」

「自分でもよく分かりませんが…」

 私は少し苛立ちながら身体を起こすと、

 男と向かい合って座った。


「さてさて、昼間は女に言いくるめられて」

「オアシスの快楽の中に沈んでしまったか」

「…まあ、だいたいそんなとこだろう」

「それはそれでかまわん」

「それでおまえを責める気はしない」

「女の言うことはいちいちごもっともで」

「反論しようがないからな」


「あの話に穴があるとすれば、ひとつだけ」

「あの幸福に浸ることはできるが」

「誰が幸福か知らないということだ」

「そこがポッカリと穴あいいている」

「だからおまえはどれだけ幸福になっても」

「絶対に満ち足りることはないってことだ」

「おまえは薄々それに気がついているから」

「これからもここに戻ってくるだろう」


「戻って来なくなるとすれば」

「本当の自分を見つけることを諦めたときか」

「それとも…、本当の自分を見つけたときかだ」

 男は私に起こっていることを全て知っているような素振りで話をした。


 きっと、私のような人間が何人もいて、

 この砂漠でこの男と何度もこんな話を繰り返していたのだろう。

 私の行動や考えなどお見通しというわけだ。


「ええ、確かに、私はあの女の言葉が正しいと信じました」

「信じない方が可笑しい話です」

「でも、眠るときに何かを感じたんです」

「何というか、この完璧な幸福の何処か影があって」

「その影を消さないと、私の幸福はきっと完全にならないのだと」

「…それで、私は何を知る必要があるんでしょう」

「それは、自分が誰かってことでしょうか」

「それを知れば、毎日、夜になると砂漠に戻ることなく」

「あのオアシスにいることができるんでしょうか」

 私は男の言う通りのことが自分に起きていると認めざるを得なかった。

 実際にその通りなのだ。


「ああ、そうだ」

「おまえが知らなければならないのは自分が誰かということだ」

「昨晩、おまえと会ったときに」

「自分はひとりしかいないという話をしたよな」

「覚えているか」

 そう言って男は私を確かめるように見た。


「ええ、なんとなく覚えてますよ」

「それに、確か、自分とは身体や心ではないとか」

「それで本当の自分って何なんですか」

「その答えをまだ教えてもらってないですよね」

 私がそう言うと、男は満足げに微笑んだ。


「よく覚えているな、その通りだ」

「そう、本当の自分とはどこにいるかだな」

「それはおまえの心の中にいる」

 男は当たり前のようにそう言った。


「心の中ですか」

「確か、心は自分ではないんですよね」

「それで、本当の自分は心の中にいるんですか」

 私は男の言っている意味が理解できなかった。


「そうだ、心の中にいる」

「自分ではないと言ったのは考えのことだ」

「考えとか、まあ感情とかもそうだな」

「それは本当の自分ではない」

「そこの階層を超えた所に本当の自分がいるんだ」


「簡単に言うと、それはひとつの視点だな」

「考えているとか悲しんでいるか」

「そういうことは、どこかに視点があって分かること」

「そうだろう」


「まあ、例えて言うなら、それは本を読んでいる読者みたいな存在だ」

「本を読んでいるとき、人間は主人公を自分に見立ててしまうだろう」

「それに感情移入してな」

「だけど、それは感情移入しているだけで」

「実際に主人公になったわけではない」

「だがな、感情移入し過ぎると、それに気が付かなくなる」

「主人公が自分だと信じて疑わなくなる」

「それがおまえの現状ってやつだ」


「そこでだ、本当の自分を思い出すために」

「感情移入を止めて、自分が誰なのかを思い出すことをする」

「そうすれば、また読者に戻れる」

「それが本当の自分を知るということだ」


 男が言っていることは何となく分かる。

 確かに、言葉や感情、イメージは対象に過ぎない。

 明らかに対象であるなら本当の自分であるはずがない。

 私は身体や心に起こる対象に自分を重ね合わせて、

 それを自分としてきたのだ。

 そうすることが当たり前だと思ってきた。


「分かりました」

「それでは、心の中の視点を探せば良いんですね」

「それって、どうやって探せば良いんですか」

「簡単に探せるものなんでしょうか」

 本当の自分は心の中の視点といわれても、

 実際にそれを自分で確認できなければ、

 ただの現実味のない言葉でしかない。


「ああ、その方法は瞑想だよ」

「瞑想することで、その視点が分かる」

「おまえ、瞑想したことはあるのか」

 男はそう言って姿勢を正した。


「いえ、でも街の寺院で瞑想している行者を見たことはあります」

「彼らみたいに目を閉じて、じっと座っていれば良いんでしょうか」

 私は瞑想をするポーズをして見せた。


「そうそう、そうだ」

「目を閉じて、静かに心の中の暗闇を見つめるんだ」

「それが瞑想だ」

「そこで視点を探す」

 男も瞑想するポーズをした。


「簡単ですね」

 私はそう言って目を閉じた。


 そして、心の中を見つめた。

 目を閉じれば、そこは暗闇しかない。

 ただ、それだけだ。

 私はしばらくそうしていたが、

 これで良いんだろうかと目を開けると、男はすでに消えていた。


空風瞑想

空風瞑想は忘れてしまった本当の自分を取り戻す瞑想法です。瞑想の中で、今まで気が付かなかった心の新しい扉を開き、静寂でありながらも存在に満ち溢れ、完全に目覚めている本当の自分をそこに見つけていきます。そこを自分の拠り所にするとき、新しい自分の人生が始まっていきます。