神の声 第2章:砂漠の行者(7)
「それで、あなたは私を」
「その、お宝とやらに案内できるんですか」
「あなたがそこにいるということは」
「まだ間に合うということですよね」
私がそう言うと、男はにやりとした。
「間に合うも何も、いつでも大丈夫さ」
「おまえが正気を保っていていてくれればな」
「ただ、おまえがオレに消えてくれと願えば」
「オレは砂漠の風になってお前の前から消え去るだけだ」
男はそう言うとおどけたような仕草をした。
「では、私が知りたかったこと」
「それがその、幸福感を超えるお宝なんですね」
「それはぜひとも知ってみたいです」
私は男の話にとても興味が引かれた。
「分かった」
「だがな、一言いっておくが」
「それはあのオアシスの幸福を超える幸福感ではないぞ」
「それはこの世界とは次元が違うってことだ」
「だから、この世界の物差しでそれを評価しないでくれ」
「それがちょっと大事なことだ」
男はそう言って私に釘を差した。
「はい、よく分かりませんが…」
「心に留めておきます」
「それで、そのお宝って何なんですか」
私は早くその答えが知りたかった。
「うむ、それはな」
「おまえ自身ことだ」
「つまり、おまえが誰かってことさ」
男はあっさりとそう言った。
「私自身のことですか」
「私自身がお宝ってことなんですか」
私はまだよく飲み込めなかった。
「そうだ」
「おまえ自身の本当のことを知ること」
「これがお宝だ」
男はそう言ってじっと私を見た。
私は何がなんだかよく分からなかった。
自分の本当のことって何だ。
私は自分のことを知っているつもりだ。
だけど、それは違うということなのか。
「もちろん、おまえは自分を知っていると思うだろう」
「だがな、本当の自分はそれとかなりかけ離れている」
「おまえが信じている自分は本当の自分じゃないのさ」
「だから、おまえは本当の自分を知る必要がある」
「おまえが求めていたものはそれだよ」
男はそう言うと私の目の前から消えてしまった。
私が求めていたもの。
それは本当の自分自身。
それはどこにある。
どこにある。
いつの間にか夜が明けて空が白んできた。
果てしない砂漠の風景が光に照らされて現れてくる。
さっきまで男がいた場所は、
ただ穏やかな砂漠の風が吹いているだけだった。
私は立ち上がって四方を見渡した。
どこを見ても砂漠の地平線が広がっている。
私は何かを思い出して、
地平線からゆっくりと昇ってくる太陽を目指して歩き出した。
太陽は次第に高く昇り、
それが天井に掛かる頃には、また私を焼き尽くそうとする悪魔の炎に変わった。
私は身体を焼かれながら、空腹と喉の渇きに耐えながら歩いた。
ふと顔を上げると、ぼやけた視界の向こうに森のような木の影を見つけた。
あのオアシスなのか。
それともただの蜃気楼か。
オアシスなら、そこまでいけば助かる。
私の中でそこに辿り着くことが唯一の希望になった。
そこは蜃気楼でも幻でもなかった。
確か、昨日見た光景と同じだ。
同じ場所なのかもしれない。
数本の木々が涼し気な木陰をつくっている。
やはり見覚えがある。
あれは夢ではなかったということだ。
木々の傍には池があって、澄んだ水が絶え間なく池底から湧き出している。
水面が太陽の光を反射してキラキラと美しく輝いていた。
私は足を引きずるようにして池の縁まで行き、
そこでひざまずくと、貪るように水を飲んだ。
そして木の根本に腰を下ろした。
そうしてほっと安心した途端、身体の疲れが一気に吹き出してきて、
私はそのまま目を閉じて眠りに落ちていった。
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