神の声 第2章:砂漠の行者(3)
「おまえは何を求めているのか知らないのか」
男は真顔で私に尋ねた。
まるで私の心の中を見透かすように聞いてくる。
「何を求めているか、ええ、それは分かりません」
「それで、こうしてここにいるんです」
私は正直にそう言った。
「なるほど」
「それで、それは分かりそうなのか」
男はそう聞いてから、また忽然と姿を消した。
まるで誰もいなかったかのように、そこには夜の黒い空間だけになった。
また身体が冷えてきた。
私は砂を掘って、そこに腰のあたりまで身体を沈めた。
柔らかな砂が私を優しく包み込む。
それで少しだけ身体の冷えを防ぐことができた。
今晩、この小さな命の灯火が砂漠で消える前に、
私は自分の問いに対する答えが得られるのだろうか。
果たして、こんなことで答えなど見つかるのか。
いやいや、そもそも何を知りたいのか分からないのだ。
それで答えを求めようとすることなどおかしなことだ。
そう、私は何を求めているのか知りたいのだ。
何を知りたいのか。
それは何なのか。
そう心の中で問い掛けても、ただ砂漠の沈黙が応えるだけだった。
今ここにいるのは自分だけだとふと思った。
確かなことは、私がここにいるということだけだ。
一瞬一瞬、それは途切れることなく確かめられる。
そう思って空を見上げると、無数の星たちがゆらゆらと小さく揺れている。
手を差し伸べて届くはずもない星だが、その光は私の目の奥にまで届いている。
私の眼差しはその星に向けられて、目の光がその星にも届いている。
そこで私と星たちは断ち切ることのできない光という絆で結ばれていると感じる。
星たちは夜空で光っている。
それを見ている私。
そう、この私とは誰なのか。
実は私も星なのか。
いや、私は星のように光ることはない。
ただ、この砂漠の闇に埋もれて力なく存在するだけだ。
砂漠に存在する私とは誰なのか。
私は街にすべてを捨ててきた。
今の私には何もない。
あるとすれば、そう、ここにはたったひとつの小さな生命があるだけだ。
この生命が私なのか。
「おまえは自分が生命だと思っているのか」
男がまた目の前に現れて、砂に埋れた私に小声ででそう言った。
この男はただの幻かもしれない。
そうかもしれないが、私をどこかに導こうとしている感じがする。
「ええ、私にはこの生命しかありません」
「この砂漠の中で私のものといえるのはこの生命だけです」
「この生命が消えたなら、きっと私も消え去るでしょう」
私は眼の前にいる男の存在を確かめながら、そう答えた。
「なるほど」
「それは笑える話だ」
男はそう言って白い歯を見せて笑った。
「笑える話って…」
「私は真剣ですよ」
「この生命が私の最後の持ち物なんです」
私はこの男のからかう態度に反抗するように言った。
「最後の持ち物だと」
「ではそれを持っているのは誰なんだ」
男はそう言って、また掻き消すようにいなくなった。
私は目の前の闇を見つめた。
それを持っているのは私に決っている。
いや、生命は持ち物なのか。
生命と私は一体なのだから、生命は私の持ち物ではない。
生命が私で、私が生命なのだ。
いや待てよ、私と生命は本当に一体なのか。
私は自分という存在が生命のように儚いものだと思えなくなった。
もし、自分が生命であれば、そんなことはあの街で答えが出るはずだ。
私が知りたいとことはそんな簡単なことではない。
もし、私がここで死んだとしても、砂漠の闇は続くだろう。
あの星たちも夜空で震え続ける。
私という存在はそれに近いものなのではないか。
私は私が生まれてくる前から存在していて、生命が尽きたあとも存在している。
そうだとすると、私と生命は別のものだということになる。
生命は一時の持ち物に過ぎないのか。
では、あの男が言うように、それを持っているのは誰なんだ。
それは私なはずだ。
その私とはいったい何者なのか。
「おまえはいったい誰なんだ」
また男が突然現れてそう言った。
「私は…」
私はいったい誰なんだ。
「おまえはいったい誰なんだ」
男はそう繰り返すと、また目の前から消えてしまった。
私はただ虚空を見つめていた。
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