超人ザオタル(48)在るということ

私はここにいる。

あの瞑想のときと同じ感覚だ。

つまり、私は見ている者になっていたのだ。

だが、そこには身体もあれば心もある。


身体と心は自分というよりは世界の一部になっていた。

それらは世界なのだ。

それらは私が見ているものに過ぎない。

明らかに自分自身ではない。


心の奥から強い力で引っ張られる感覚があった。

目を閉じれば、そこに落ちていく気がした。

それに抵抗する理由もなかった。

私は目を閉じた。


瞑想のときと同じように心の深いところで止まった。

完全に静止している世界。

私が目覚めた場所。

そして身体や心、世界もが目覚めた場所。


何の境界もなく、特定の何かがあるわけでもない。

誰かがそこにいるというわけでもない。

だが、誰もいないわけでもないのだ。

それは認識できる知性といえるものだろうか。


無理やり言葉をひねり出すなら、それは存在としかいいようがないもの。

すべてはこの存在なのだ。

その存在を土台として世界は現れている。

存在は誰でもないため、誰にでもなれるのだ。


何かがつかめそうな気がしてきた。

それは、そういうことなのかという気づき自身。

私は誰なのか。

それはこの存在なのだ。


この宇宙のたったひとつの母胎である存在。

すべてがここを発祥としている。

それは心の奥底でいまも息づいている。

存在でつくられた世界。


存在でつくられた身体と心。

私は誰かという疑問はここに帰結する。

私はその存在であることに同化した。

そしてそのままそれであることに浸った。


それ以上の自分など考えられなかった。

それは身体や心よりも明白で現実だったのだ。

姿形がないことにとらわれるべきではなかった。

私の自分という重心が存在へと傾いていった。


そして私のすべてがそこに転移した。

そこではいままでの自分が失われるどころか、より明確になった。

自分に目覚めるとはこういうことなのかと思った。

空っぽだった壺の中に透明な水が一気に流れ込んできた気がした。


私は存在で満たされて、それ以外になることなどできなかった。

そのとき、この領域が切り替わる感覚がやってきた。

気づくと私はあの岩山に座っていた。

そして隣にアムシャの存在を感じた。


「ここまで来られるとは正直思わなかったよ、ザオタル。

ここからは私がいなくても大丈夫だろう。

自分自身で道を切り開いていくのだ。

ここから先はさらに細く険しい道になるが。


確かな拠り所を足場にしているおまえなら進んでいける。

ほんとうに、よくここまで来た」

アムシャは感慨深そうにそう言った。

私は草原を眺めながらその声だけを聞いていた。


空風瞑想

空風瞑想は忘れてしまった本当の自分を取り戻す瞑想法です。瞑想の中で今まで気づかなかった心の新しい扉を開き、静寂でありながらも存在に満ち溢れ、完全に目覚めている本当の自分をそこに見つけていきます。そこを自分の拠り所にするとき、新しい人生が始まっていきます。