神の声 第1章:天使と悪魔(14)
突然、目の前の闇が反転して白い光が僕の心の中に広がった。
そこは白の塊のような空間で、僕はそこで身体の存在を感じた。
ここはどこだ。
僕はゆっくりと目を開けた。
目に映ったのは晴れ渡る空と見渡す限りの緑の草原だ。
風に吹かれて草がまるで海の波のように踊っている。
僕は白い椅子に座っていた。
この椅子に座って眠っていたのか。
僕は元々ここにいて、目が覚めただけなのか。
長い間、変な夢を見ていた気がする。
そんなおぼろげな記憶が脳裏をかすめた。
「戻ってきたのかな」
そう誰かが僕に声をかけた。
僕ははっとして声がする方に振り向いた。
「瞑想はどうだった」
色黒の女が椅子に座っていて、優しげな笑みを浮かべ僕を見ている。
「初めてにしてはいい感じなんじゃないかしら」
逆側からも声がした。
そちらに振り向くと色白の女が同じように椅子に座っている。
僕は瞑想をしていたのか。
「洞窟の中には行ってみたのかな」
色黒の女が僕に尋ねる。
洞窟。
僕は何か言おうとしたが、声が出なかった。
僕はまた目の前の草原の景色に目を移した。
まだ朦朧とする頭の中で、天使と悪魔のことを思い出した。
そうだ、僕は洞窟の中で二人と話をしていた。
あの話、暗闇が現実で外の世界が夢だという。
ということは、今いるこの世界は夢なのか。
現実の闇はどこに行ったのか。
僕はいま、どっちにいるのか。
頭の中に光が瞬くように幾つもの疑問が浮かんで、
僕の正気を乱そうとする。
思わず僕は椅子から立ち上がって、草原をフラフラと歩き出した。
足の裏にひんやりとした土の感触が心地良い。
そして、振り向いて二人を見た。
この二人、見覚えがある。
あの洞窟の天使と悪魔じゃないのか。
こっちでは女になっているけど。
「ふ、ふたりとも知っているぞ」
僕は何とかして声を出した。
「あの天使と悪魔だろう」
「何でここにいるんだ」
「闇に溶けたんじゃないのか」
僕は二人を交互に見ながら言った。
「あらら、そうですよ」
「私たちは天使と悪魔」
「それはご存知のはずですけど」
「私たちが君に瞑想を教えて」
「そこである場所を訪ねてもらった」
「そこがとても大事な場所だからね」
「忘れちゃったのな」
色黒の女がそう答えた。
口調は違うが、明らかにあの悪魔だ。
「悪魔は闇に溶けて消えたはず」
「何でここにいるんだ」
僕は色黒の女を見据えてそう言った。
「悪魔だって、この私が…」
「私は天使なんだけど」
色黒の女はそう言うとおどけたように笑った。
「悪魔は私のほうよ」
色白の女がそう言って僕を見た。
「まあ、どっちでもいいんですけど」
「人間はそういう風に分けたがりますから」
「まあ、ちょっと言葉遊びに付き合っているだけ」
色白の女は苦笑いをした。
「そうなのか」
「てっきり、黒が悪魔で白が天使だと思っていた」
僕は独り言のようにそうつぶやいた。
「それで、洞窟の中で二人に会ったのかな」
「会ったのなら」
「そこでどんな話をしたのか聞かせてよ」
「そういう約束だったでしょう」
色黒の天使がそう言って僕の目を見つめた。
「ええ、ああ、確かに、僕は洞窟の奥に行って…」
「そこで天使と悪魔に会って話をしたんだ」
僕はそう独り言のように言いながら、草原の上にあぐらをかいて座った。
天使と悪魔も僕の近くに来て座った。
「それで、何の話をしたのかな」
黒い天使が早く聞きたそうな目で僕を見た。
「ちょ、ちょと待ってください」
「ああ、そうです、確か神の話をしました」
僕は消えかかっていた記憶の糸を手繰った。
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