神の声 第1章:天使と悪魔(13)
「おい、人間」
「どうするんだ」
「覚悟はできたのか」
天使が僕に尋ねる。
「おいおい」
「こいつは何の覚悟もできてねえよ」
「さっさと夢の世界に返しちまおうぜ」
「考え込んで黙っているだけじゃねえか」
「無理なんだよ」
「余計なことなんか忘れてよ」
「夢の世界で楽しくやっていればいいんだ」
「なっ、そうしなよ、人間」
悪魔はここを闇にさせないつもりだ。
「覚悟は、できました」
「やりましょう」
僕は天使にそう言うだけで精一杯だった。
その自分の乾いたかすれ声を聞いて焦って汗が出た。
「うむ、分かった」
「オマエももう覚悟しろよ」
天使は悪魔を憐れみの目で見た。
「クソっ」
「仕方がねえ」
「やるなら、さっさとやってくれ」
「何も起きないに決まっているぜ」
悪魔は不貞腐れてそう言うと暗闇を見上げた。
「分かった」
天使はそう言うと目を閉じた。
僕と悪魔は天使の方を見て、光の様子を観察した。
天使の身体や服、翼から放たれている光が段々と弱くなっていく。
それとともに暗闇がジワジワと僕たちを包んでいった。
悪魔は落ち着かない様子でそれを見ている。
やがて天使の光は完全に消えて、その残像だけが目の奥に残った。
そして、その残像も消えて僕たちは完全な闇に飲み込まれた。
お互いの姿も全く見えない。
ここは元々の暗闇と静寂に支配された。
「おい、いるのか」
悪魔が怯えたような声でささやく。
「はい、ここにいます」
僕は悪魔に答えた。
「オマエじゃねえよ」
悪魔がイラついてそう言った。
「ああ、オレはここにいるよ」
天使が悪魔に答えた。
誰も何も言わなければ、
そこはまるで時が止まったような闇と静寂の世界だ。
「もう、いいんじゃねえのか」
悪魔が耐えきれずに気弱な声でそう言う。
それには誰も答えず、闇が悪魔の声を飲み込んでいった。
僕はまたあの感覚になるのを感じた。
人間としての存在が闇の中に溶けていく。
「何だこれは」
天使の声がした。
「おいおい、勘弁してくれよ」
悪魔の泣きそうな声がする。
そんな声を闇はあっという間に飲み込んで、
何事もなかったように静寂に戻す。
静寂がこんなにも力強いとは思わなかった。
僕は溶けていく感覚に身を委ねた。
それと同時に満たされた感覚が蘇ってくる。
「オレが無くなっちまう」
悪魔が悲鳴のような声を上げる。
「ああ、オレも感じるぞ」
天使の声が闇の中から響く。
「それに抵抗しないで身を任せてください」
僕はそう言った。
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