神の声 第1章:天使と悪魔(12)
「この光が邪魔だっていうのか」
「そいつはビックリだ」
「この光が世界を照らしているっていうのに」
「なあ」
天使はそう言って悪魔を見た。
「まあ、オレにとっても邪魔くさい光だな」
「明るすぎる光はオレも好きじゃねえ」
「月夜くらいの薄暗い光がちょうどいい」
悪魔は薄笑いを浮かべながら天使を見た。
「その光って、消すことはできるんですか」
僕は天使を見て言った。
「まあ、消せないことはない」
「だがな、この光を消したら」
「ここは真っ暗闇になるぞ」
「それって、ちょっとヤバイ感じがするんだが」
天使はそう言って額をさすった。
「完全に消すのはマズイんじゃねえのか」
「ちょっとは光がないと薄気味悪いだろう」
「目の前に化物が出てきたらと思うとな」
「あんまり感心しねえぜ、そんなこと」
「人間はろくなこと考えねえな」
悪魔が顔を青くして言った。
「いままでこの光を消すなんてこと」
「考えたこともなかった」
「むしろ光を強めようとしてきた」
「いままでとは全く逆の発想だな」
「行き詰まっているオレたちには必要なことなのかもしれん」
天使はそう言って目を閉じた。
「おいおい、オマエまでその気になるんじゃねえよ」
「そんなことは人間の思いつきの御託だぜ」
「オレは薄暗いのが好きなんだ」
「真っ暗闇なんか望んじゃいねえ」
「そう考えるんじゃなくてだな」
「もっとこの場所の飾り付けを考えたらどうなんだ」
「つまらんところなんか」
「人間どもは見向きもしねえぜ」
「こう電飾輝く酒場通りとかカジノとか」
「あっちの世界でも人間どもはそういうの大好きだろう」
「そうすれば、人間どももここに来ることに納得だぜ」
悪魔は何とかして僕の提案を打ち消そうと無茶なことを言う。
「いやいや、オマエの言うことも説得力がない」
「そんな話、神さまの意図とは随分と違っているぞ」
「どうもオマエは保守的でいかんな」
「オマエの話は結局いつも現状維持だ」
「よっぽどこの人間の言い分の方が興味深い」
天使はそう言うと僕の顔を眺めた。
「ちょっと待てって…」
そう言う悪魔を遮って、天使は僕に言った。
「オマエが言ったことだ」
「どうなろうとも泣き言は言うなよ」
そう言われると、僕にも自信がない。
急に悪魔の意見に同調したくなった。
僕はなんて言って良いか分からず困った顔をした。
だが、よく考えたら、これは夢なんだ。
夢の中で冒険しても、目が覚めればなかったことになる。
僕は何とかそう思い込もうとして肩の力を抜いた。
「オマエ、もしかしてこれが夢だと思っているのか」
天使が訝しげに首を傾げてそう言った。
「そう思っているとしたら、大間違いだ」
「こっちが現実なんだよ」
「いま、オマエは現実の中にいる」
「だから、夢から覚めてお終いということはない」
「この現実の中でそうする覚悟が必要だ」
天使は僕の心を見透かすように言った。
「そうだぜ」
「オマエ、これが現実なんだぜ」
「この現実から覚めて」
「無事に夢の中に戻りてえだろう」
「余計なことは止めてだな」
「おとなしくしていたほうが良いんだって」
「神なんか、適当に怒らせておけばいいんだ」
「それで困ることなんかないんだからな」
「オレたちはのらりくらりと」
「適当に世界を楽しみながら生きていけば良いってことだ」
悪魔は僕を取り込んで、天使の無謀な冒険を止めさせたいようだ。
天使はどうするんだという目で僕を見ている。
確かにあの時、僕は光のないあの闇の中にいた。
そこで自分が消えていって、満たされていったのだ。
光がなくなっても、きっとそうなるだけのことだ。
それなら何の不安がある。
そう、その先のことなんだ。
自分が消えて、満たされて、それでその先どうなる。
そこが僕の中で未知の領域になっている。
どうなるか分からない。
これは現実なんだ。
夢の中のように適当にやり過ごすことなんてできない。
思いつきで新しい提案はできるけど、
いざそうなってみると尻込みしたくなる。
何であんなことを言ってしまったのか。
自分に降りかかるリスクってものがある。
これはそのリスクを負ってまですることなのか。
別に僕は何事もなくここを去って、また夢の世界に戻ればいいだけだ。
この現実なんかすっかりと忘れて。
天使や悪魔がいたことなんかも忘れてしまおう。
いや、神さまはずっと見てるぞ。
この僕の考えなんかもお見通しだ。
きっとこんな僕の考えにガッカリするだろうな。
やっぱりこいつもダメか、と。
どうすればいいんだ。
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