神の声 第1章:天使と悪魔(10)
「うーむ、確かにお前たちの話にも一理あるな」
「まあ、ちょっとは仕事がし易いようにしてやるか」
「ここの秘密だが」
「実はこの場所には時間がない」
「完全に静止していて動くことがない」
「お前たちはここで話をして時間が過ぎていると感じるだろう」
「だが、この場所は一秒たりとも時間が進んでないのだ」
「ということは、どういうことかな」
「つまりここは、この宇宙の始まりの場所だということだ」
僕はそう言って二人を見た。
二人ともキョトンとした顔で僕を見ている。
僕は話を続けた。
「それから、ここはひとつしかない」
「宇宙の始まりの場所はひとつだけだ」
「だから、すべての人たちがここに集まることができる」
「すべての人たちがこの場所とつながりを持っている」
「ほとんどの人がこの場所のことを知らないがな」
「どうだ、何となく分かるか」
僕は自分で何を言っているか分からなかった。
それに、二人がこの話を飲み込めている様子でもなかった。
「まあ、何となくですが」
天使が焦点の合わない目で僕を見た。
「それについて話をすればいいってことですよね」
「オレたちもまだ完全に分かってなくて良いということで」
悪魔は自分の理解できる限界を超えているといった顔で僕を見る。
「そううことだ」
「では、このヒントから始めてもらおうか」
僕はそう言って微笑んだ。
そのあと、僕の中の何かが変わっていった。
僕の中から何かが抜けていって、突然、僕は元の僕に戻った。
きっと神が僕から去っていったのだ。
現実的な感覚が僕の肌に蘇ってくる。
だけども、依然として僕は天使や悪魔とそこに立っている。
できれば僕もこの場から去りたかった。
だけど、現実はここに残されたままだ。
神が僕の口を借りて話している時は心強いものがあった。
もう、その感覚はどこにもなく、頼りない僕がいるだけだ。
さて、どうしたらいいものか。
それでは僕はこれで、と言ってここを去りたがったが、
そんなことはこの二人が許すはずもない。
僕はここの場所の秘密を知ってしまったのだ。
「さて、何の話から始めようか」
天使はそう言って場を見回した。
「いや、その前に」
「えっと、神さまはオレたちの話しを」
「そこで聞いているというわけで」
悪魔が僕を見てそう聞いてきた。
「あ、あの、すみません、神さまはどこかに行きました」
「僕は人間に戻ったみたいで…」
僕は先程と打って変わって何とも威厳のない声でそう言った。
「あれ、じゃあ、どういうことだ」
「やっぱり元々オマエは普通の人間だったてことか」
「なんだよ、ふーん…、そうか」
「で、どうする」
悪魔は僕の扱いに困っているようだ。
「どうするって…」
「僕は何でここにいるのかも知らないんです」
「神さまがここに僕を残したということは」
「ここにいろということかと」
僕は泣きたい気持ちになった。
「なんだか、邪魔だな、オマエ」
「そこにいられるとやりにくいうというか…」
悪魔は嫌そうな目で僕をながめた。
「まあまあ、良いんじゃないか、人間がいても」
「オマエは神さまがここに連れてきた初めての人間だろ」
「それなら一応、敬意を払わないとな」
天使はそう言いながらも胡散臭そうに僕を見た。
「すいません…」
「あの、僕は黙ってるんで、お二人で話しを始めてください」
僕は数歩ほど後ろに下がって、二人と距離を取った。
「しょうがねえな…」
「じゃ、まっ始めるとするか」
悪魔はそう天使に言った。
「そうだな、始めるとするか」
天使もそう言うと悪魔を見た。
二人は黙ったままそこに立っていた。
沈黙の時間に息が詰まる。
「で、何の話だっけかな」
悪魔はとぼけたように言った。
「ここが何かという話だろ」
天使が悪魔を呆れたように見た。
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