神の声 第1章:天使と悪魔(7)
「おい、何か気配を感じないか」
「ここには他に誰もいないよな」
天使がハッとして悪魔に言った。
「ここにか」
「誰もいないに決まってるじゃねえか」
悪魔は辺りをキョロキョロ見回した。
「おい、誰かいるのか」
天使が暗闇に向かって叫んだ。
「おいおい、やめてくれ」
「気味が悪いじゃねえか」
悪魔はオドオドして言った。
水の落ちる音が洞窟に響いた。
「気のせいか…」
天使はそう独り言のように言った。
とても危険な雰囲気を感じる。
二人に気付かれる前に、早くこの洞窟から出なくては。
そう思ったとき、闇に溶けていた僕の身体が実体として元に戻っていくのを感じた。
これはマズイと思ったが、自分では止められない。
僕は暗闇の中に座っている自分の感覚を取り戻していく。
どんどんと実体化は進み、
天使の光に照らされて、ついに僕の姿が二人の前にさらけ出された。
はじめに僕を見つけたのは天使だった。
天使は信じられないという顔をして僕を見た。
「あっ、オ、オマエ、誰だ」
「どうしてここにいる」
「オレたちの話を聞いてたのか」
天使は僕を見て驚きながらも強い口調で問いただした。
悪魔も口を開けて驚いた顔で僕を見ている。
僕は天使を見ながら、ゆっくりと立ち上がった。
そして何かを説明しようとしたが言葉が出てこない。
なんて言ったらいいんだ。
自分でもここにいる理由なんて分からない。
僕は困った顔でただ黙って立っているいかなかった。
「な、なんか言ったらどうだ」
天使は僕のことを不気味に思っているようだ。
「ちょっと待て…」
「こいつはどう見ても人間の姿をしているぜ」
悪魔が天使にささやくように言った。
「人間だと」
「何で人間がここにいるんだ」
「ここはオレたちだけが知っている場所のはずだ」
天使はわけが分からず混乱している。
「だとしたら、誰なんだ」
「もしかして…」
悪魔はゴクリとツバを飲み込んだ。
「か、神か」
天使はそう言って僕を凝視した。
「あんた神なのか」
「いや、あなたは神さまなんでしょうか」
悪魔が丁寧な口調で僕に尋ねた。
僕が神のわけはない。
だが人間だとも言えない。
人間だと言ったら、二人に消されるかもしれない。
黙っていたほうが良いか。
それとも。
「なあ、神が自分のことを神だとは言わないんじゃないか」
天使が悪魔に震え気味の声で言った。
「ああ、そうかもしれねえな」
悪魔は僕を凝視したまま小さな声で答えた。
僕はもうこの状態から上手く脱することなどできないと観念した。
いろいろと勘ぐられておかしな方向に行く前に、正直に言ってしまおう。
そうするしか何も思い浮かばない。
「あの、僕は人間なんです」
「何も知らずにここに迷い込んでしまって」
僕は思い切って二人にそう言った。
その自分の声に不思議な感じがした。
まるで他人が話しているように聞こえる。
「人間のはずがないだろう」
「人間はこの場所を知らないんだ」
「人間でもなく、オレたちでもなければ」
「それは、神としか考えられん」
「なあ、あんた、神さまなんだろう」
天使が震える声で僕に言った。
僕は何だか面倒くさくなってきた。
「ああ、私は神だよ」
「黙っていようと思ったが」
「姿を見られちゃしょうがない」
僕はできるだけ堂々とした口調でそう言った。
なんという思いつきだ。
こうなったら神になりきってこの場を切り抜けるしかない。
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