青の記憶(28)聖戦の勝者
「青、入るぞー」
アンスロポスが部屋に入ってきた。
「はい、どうぞー」
青はアンスロポスを迎えた。
アンスロポスは椅子に座ると神妙な顔になった。
「青、この世界にはたくさんの戦いがあるが」
「その戦いで正しさが残るわけではないよな」
「戦いで勝った者が正しいと思われがちだが」
「必ずしもそうではない」
「自分が正しいと思う者が負けたとき」
「勝った者を正すためにまた戦いを始める」
「この行き着く先はどこになるんだ」
「最終的に正しさがこの世界に残るのか」
アンスロポスはじっと青の顔を見た。
星は殺伐とした空気を放っている。
「確かに、この世界には戦いがあります」
「それぞれに自分が正しいと思って」
「戦っているわけですから」
「どちらが勝っても正しさは残るはず」
「ただ、敗者もまだ自分が正しいと思っているわけですから」
「また正しい者としての戦いを始めるでしょうね」
「その行き着く先は戦い続けることがあるだけです」
青も神妙な顔でアンスロポスを見た。
「うむ、戦いとは不毛なものだな」
「敵味方がお互いにそう分かっても」
「戦いはなくならないんだろうな」
「これを終わらせる方法はないのか、青」
アンスロポスは何かを求めるような目をした。
「不毛な戦いを終わらせる方法は」
「ないわけではありません」
「すべての生命がある理解に到達すれば」
「この戦いをなくせる可能性があります」
「ただ、戦い自体をこの世界からなくすことは」
「むずかしいでしょう」
「それは仕方のないことなんです」
「でも、不毛な戦いについては」
「人がいったい何のために戦っているのかを知れば」
「その風向きが変わってきます」
青は難しい顔をしてそう言った。
「戦いはなくならないが」
「不毛な戦いはなくすことができるのか」
「不毛な戦いとは」
「お互いが正義を振りかざして」
「ずっと戦い続けていくということだな」
アンスロポスは難しい顔をしている青を見た。
「はい、その通りです」
「その戦いは終止符を打てる可能性があります」
「人それぞれに信じていることがあると思いますが」
「この世界の唯一の真実は」
「心の中に本当の自分が存在するということだけです」
「ただ、その真実は」
「心の中で様々な誤解によって隠されています」
「それで、ほとんどの人は本当の自分ということにさえ」
「興味を持ちません」
「本来、人の戦う力はこの誤解と戦うためにあります」
「人は本能的に戦うという力を持っています」
「それは、口喧嘩や戦争に」
「使われるためにあるのではありません」
「心の中の多くの誤解を倒すために」
「この戦う力が宿っているんです」
「それを多くの人は」
「敵を倒すことに使っています」
「戦う力は柔軟で強力なので」
「いろいろな目的に使うことができます」
「そうでなければ」
「この世界で一番強力な誤解や盲信といったものを」
「倒すことができないからです」
「鋭いナイフは料理にも使えますが」
「人を殺すほどの殺傷力があります」
「だから、使い方を間違えば大変なことになります」
「ただ、そのためにナイフを取り上げることが」
「根本的な解決ではありません」
「そんなことをしたら」
「料理をするのにとても不便になりますから」
「要はそれを何に使うかなんです」
「もし、戦う力を本当の自分を知るために使うのなら」
「それは十分に本来の力を発揮して」
「人を真実の方向に導く助けとなるでしょう」
「戦う力を使って」
「自分の心の中にある」
「たくさんの誤解や盲信に打ち勝って」
「そして本当の自分を知ったとき」
「戦うべき相手がいないことに気が付きます」
「それが完全な勝利であり」
「戦いの行き着く先です」
「ただ、そのことを自分だけ知っても」
「知らない人はまだまだたくさんいるわけで」
「本当の自分を知った人も」
「世界に起こる戦いに巻き込まれることは避けられません」
「だから、その時は仕方なく戦うしかありません」
「もちろん一生懸命に戦いますが」
「勝っても負けても意味が無いことは知っています」
「すでに自分は勝利しているわけですから」
「でも、それは宇宙が決めることなので」
「それに従うことにしています」
青は黙って聞いているアンスロポスの様子をうかがった。
「なるほどな」
「すぐには理解できないが」
「戦うということも本当の自分に関係しているんだな」
「では、実際に心の中で誤解や盲信と戦うとは」
「それはどういうことなんだ」
アンスロポスは首を傾げながら青の目を見た。
「そうですね…」
「心の中の戦いはとても厳しいものです」
「いったい誰を信じれば良いのか」
「誰を味方にすれば良いのか」
「その見極めが困難です」
「騙されることもあれば」
「騙そうとすることもあります」
「そこでは世界と同じように」
「悪いカルマを滅ぼせば正しい自分なれるという」
「不毛な戦いが行われています」
「もちろん、どんな考えが勝っても」
「それが絶対に正しいというわけではありません」
「それに、戦うべき相手は間違った考え方や棘のある感情」
「消したい記憶、満たされない欲望など」
「強者揃いです」
「だけども、こちらの味方も」
「正しい考え方や心地いい感情」
「感動的な記憶、満たされるべき願望など」
「強者を揃えていきます」
「こういった戦士たちが心の中で戦うわけですから」
「穏便なわけがありません」
「人は心の中で戦争状態のまま一生を過ごします」
「でも、それは唯一の正しい戦いをするために」
「必要なことだったりします」
「正しい戦いとは不毛な戦いを通して」
「戦っているのはいったい誰なんだということに」
「気が付くことです」
「もちろんそれは本当の自分です」
「正しい戦いはここから始まっていきます」
「敵はその気づきさえ」
「異物として排除しようとするでしょう」
「そのために、間違った考えと正しい考えが」
「手を組むことさえもあります」
「その強力な連合軍を撃退することは」
「とても無理なような気がします」
「でも、最高の戦う力は」
「本当の自分の手の中にあります」
「その力は無敵です」
「なぜなら、正しい考えも間違った考えも」
「ひとつの本当の自分から生まれてきている」
「そう知ることが最高の戦う力だからです」
「その力の前では」
「正しい考えも間違った考えも無力になります」
「結局は、戦う前に勝敗が決するでしょう」
「そうなったとき」
「心の中の戦いは終りを迎えます」
「本当の自分が自分の中心として君臨します」
「ただ、そうなっても」
「心の中では小競り合いが起きます」
「これは心の性質として仕方のないことです」
「以前と違うのは」
「本当の自分がそこにいるということです」
「そのためそれが不毛で理不尽な戦いに」
「発展することはありません」
「心の中に戦いが起きたからといって」
「本当の自分がそれに巻き込まれることもありません」
「もし、星の人たちがこのことに気がついたなら」
「世界もそう変わっていくでしょう」
どうでしょう、分かりますかと青は言った。
「なんとも、すごい話だ」
「戦うということはそういう意味があったのか」
「こんな話を聞くと」
「世界での戦いを見る目が変わってしまうな」
「うむ、戦いさえも本当の自分を知ることと」
「無関係ではないということだな」
「戦いに勝つのではなく」
「誰が戦っているのかを知る」
「そう知ることが戦いに勝つことになる」
「そういうことか」
アンスロポスは目を閉じて天井を仰いだ。
青も黙って目を閉じた。
しばらく部屋には静かな時間が流れた。
「さて、星に帰って瞑想するか」
アンスロポスはそう言って部屋を出ていった。
星は殺伐とした空気が消えて穏やかになっていた。
青はまだ目を閉じていた。
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