青の記憶(21)神
「青ー、いるかー」
アンスロポスはそう言いながら部屋に入ってきた。
「ああ、こんにちは、アンスロポスさん」
青はそう言ってアンスロポスに微笑んだ。
星は静かに何かを待っている。
「青、神はいるのか」
「神を信じている人間は多いが」
「誰も神を見たことがないぞ」
「神を見たという人間もいるが」
「それが果たして神なのかどうか分からない」
「いったい神とは何者なんだ」
アンスロポスは椅子に座って青の言葉を待った。
「神ですか…」
「それはとても説明が難しいですね」
青は腕組みをして少し黙った。
「結論から言うと、神はいます」
「問題は神をどう定義するかですね」
「人それぞれに神のイメージがありますから」
「アンスロポスさんには私の神の定義をお話します」
「まず、神はひとりしかいません」
「ひとりしかいませんが、あらゆる所にいます」
「矛盾しているようですがね」
「神というのは人格的な存在ではなく」
「存在そのものです」
「この世界に存在でないものは存在していません」
「だから、この世界はこの存在を基盤にしています」
「この存在という基盤が神なんです」
青はそう言うと、アンスロポスに目を向けた。
星の空気が震えて少しざわついた。
「ふむ、神はいるんだな」
「それで、存在とやらが神というわけか」
「なんとなく、誤魔化されているような気分だな」
「それならあらゆるところに神がいることになる」
「青もオレも神ということになるのか」
アンスロポスは青の説明では腑に落ちない。
「まあ、そういうことになりますかね」
「ただ、人間は神の存在を感じにくいんです」
「アンスロポスさんが座っている椅子」
「そこに椅子が在ると分かりますが」
「椅子を認識しても、在るは認識しないでしょう」
「在るは当たり前なので無視されます」
「だから、人間は神を認識できないんです」
青は残念そうに微笑みながらアンスロポスを見た。
「確かに、椅子は分かるが」
「在るは当たり前だから無視するな」
「だけど、それが神だとは思えないぞ」
アンスロポスは腕組みをして青を見た。
「そうなんですよね」
「この世界の共通項は何でしょうか」
「それは存在するということです」
「それはこの世界のすべてが」
「存在で創られているということを意味しています」
「すべてを創り上げているものがあるなら」
「それは神と言ってもいいのではないんでしょうかね」
どうでしょう、と青は言った。
星には困惑したようなささやきが波のように広がっていった。
「そういわれるとそんな気がしてくるな」
「だけども、神はそんなに当たり前で軽い存在ではない気もする」
「もっと威厳があって神秘的な感じというか」
「そうめったに人間の前に現れたりしない…」
「そこらじゅうに神があふれていたら」
「ありがたみだってないだろう」
アンスロポスは困惑した顔を青に向けた。
「存在が当たり前すぎるように」
「神もまた当たり前すぎるようにそこにいるんです」
「これ以外の神は人間の想像の産物でしかありません」
「まあ、想像も存在だから神といえなくもないですがね」
青はそう言って少し笑った。
「じゃあ、その存在の神とやらを」
「ちゃんと分かることができるのか」
「それが本当に神だと自分で分かるというか…」
「そうしないと、本当にそれが神だと信じられないぞ」
「いつまでも神はそこにいるらしいという話だけになる」
アンスロポスはまだ納得できない。
「その通りですね」
「では、アンスロポスさんが存在するということは」
「どうすれば分かるでしょうか」
「それは瞑想して本当の自分をそこに知ることで分かります」
「アンスロポスさんも存在で創られているわけですから」
「瞑想で自分自身の深いところに触れて」
「これが自分だという中心を感じたなら」
「それは存在だけなはずです」
「アンスロポスさんは」
「そこで存在以上の何かにはなれないでしょう」
「それが神を知るということであり」
「自分が神だと分かることなんです」
分かりますか、と青は言った。
「瞑想で分かる本当の自分というところか」
「それが存在だとは分かるかもしれないが」
「それが神かどうかは分からんな」
「…んー、だがそれは神としか言いようがないか」
アンスロポスの眉間のシワが深くなった。
「まあ、神という言葉をどう定義するかによります」
「それを神と呼ばなくても良いかもしれません」
「それには元々名前なんかありませんから」
「ただ、この世界の究極の存在は何かといわれたなら」
「それは存在としか言いようがない」
「だから、それをこの宇宙の最高位という意味で」
「神と呼んでしまおうとすることも間違いではないかなと」
青は肩の力が抜いてそう言った。
「青もオレも神ということか」
「なんとなく変な感じだな」
「それがホントなら」
「ここには二人いるのに」
「その深いところではひとりの神ということになる」
「なんとも混乱する話だ」
アンスロポスは腕組みをして目を閉じた。
「それがこの世界の面白いところでもあります」
「あとは瞑想をして、本当の自分を知ってください」
「そうすれば、このお話が現実味を帯びてきますよ」
まあ、考えすぎないでと青は言った。
「うむむ、やっぱり本当の自分か」
「神を知るにはそこを知らなければならんな…」
「では、また来るとする」
アンスロポスはふうと一息ついて立ち上がると、
部屋を出ていった。
星は落ち着かないざわめきが起こったが、
その後に静かになった。
青は目を閉じて、星の感覚とひとつになった。
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