青の記憶(18)健康
「青~、ちょっといいか」
アンスロポスはそう言って部屋に入ってきた。
「はいはい、どうぞ」
青はアンスロポスを迎え入れた。
星は静かになっている。
時折、咳払いが聞こえる。
「青、健康でいることは大事だろ」
「健康だからこそ健全な思考が働く」
「本当の自分を知るためには」
「まず健康があってのことだよな」
アンスロポスは椅子に座って青に尋ねた。
「はい、健康は大事ですね」
「健康は大事ですが」
「本当の自分を知るために」
「健康でなければいけないということはありません」
「むしろ、体の健康にばかり気を取られると」
「何のために健康になるのか忘れてしまいます」
「本当の自分を知るために健康を求めたはずが」
「いつの間にか」
「長生きすることや快楽ばかりを」
「気にするようになってしまうんです」
「そして、いつの間にか健康でいること自体が」
「求めるべき最高のことになって」
「健康を維持することが生きる目的になっていきます」
青はコホンと咳払いをした。
「じゃあ、健康でなくてもいいのか」
「その、本当の自分を知るためには」
アンスロポスは目を見開いて青を見た。
「体としては健康であった方がいいことはいいです」
「ただ、自分を知るために健康である必要はありません」
「本当の自分は体が健康かどうかを超えた所にあります」
「健康であることはそれを知るための条件ではないんです」
アンスロポスが黙っているので青は話を続けた。
「健康を求めている人が手に入れたいことは」
「体の健康ではなくて」
「本当の自分でいることだったはずです」
「実は、本当の自分は決して病気になることがありません」
「だから、それは究極の健康だといえます」
「体の健康はこの究極の健康をイメージしているに過ぎないんです」
青はアンスロポスの反応を待った。
「そうなのか」
「本当の自分が究極の健康なのか」
「確かに、いくら体が健康になっても」
「それが究極ということにはならないな」
「この体が今は健康でも」
「明日病気にならないという保証もない」
「病気になることを恐れていたら体のことばかり気になる」
「それよりも、体の健康ということを超越して」
「本当の自分という究極の健康に目を向けるということか」
アンスロポスは青の話を反芻した。
星のあちこちで咳払いがする。
「そうですね」
「だから、体が健康になるのを待ってから」
「本当の自分探しをしようとする必要はないということです」
「それはどんな体の状態でも始めることができ」
「いつでも、それを手に入れることができます」
「ただ、究極の健康になったからといって」
「体が病気にならないということではありません」
「体は病気になるかもしれませんが」
「それで本当の自分が病気になることはありません」
「つまり、それは病気になってもいいということです」
「本当の自分を知ったなら」
「そこで究極の健康という最終目的は達せられたので」
「体が病気になることが自分がダメになることだと」
「そう決め付ける必要はなくなるのです」
「もちろん、体が病気になったら」
「病気を治そうとすることは当たり前のことです」
「それに、これは不健全な生活を」
「推奨しているわけではありませんよ」
「本当の自分を知ったとしても」
「体にとっての健康的な生活は良いことだと思います」
青はそう言って微笑んだ。
「本当の自分という健康か…」
「健康とはそういう見方もできるんだな…」
「うーむ、ではまた来る」
アンスロポスは立ち上がると部屋を出ていった。
星は色々な声が飛び交って落ち着きがない。
だが、しばらくすると静かになっていった。
青はそれを聞いて、微笑みながら伸びをした。
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