青の記憶(17)豊かさ
「青~、教えてくれ~」
アンスロポスが部屋に入ってきた。
「どうぞ、どうぞ」
青はアンスロポスを迎え入れた。
「豊かであるとはどういうことだ」
「オレたちはみんな豊かになりたい」
「豊かになるために生きている」
「だがな、豊かになるって」
「どこまで豊かになればいいのか分からん」
アンスロポスはそう言って青を見つめた。
星は静かに聞き耳を立てている。
「確かに、豊かになるって際限がありませんね」
「人はいろいろな豊かさを手に入れることができます」
「だから、豊かでないということは苦しいし」
「豊かであっても、もっと豊かになれると思うと」
「今の豊かさが何だか小さく思えて苦しくなる」
「いったい、いつになったら」
「豊かさのことを考えなくても良くなるか」
「そんな気持ちにもなりますね」
青は、分かりますと言ってアンスロポスを見た。
「そうだ、豊かにはなれる」
「だが、この豊かさでいいのか分からない」
「分からないから、豊かさに困惑する」
「はたして豊かになることに意味はあるのかとも思う」
「そこで行き詰まる」
アンスロポスは腕組をした。
「豊かになることは悪いことではないです」
「でも、全宇宙を手に入れることはできませんよね」
「際限がないとは」
「全宇宙を手に入れるまで満足しないということです」
「そんなことはできないから」
「豊かになるということの意味が分からなくなります」
「豊かになることの本質はそれで満たされるかどうかです」
「それは満たされたふりとか」
「満たされることを諦めることではありません」
「満たされることの本質は心の中にあります」
「それは本当の自分を知るということです」
「本当の自分とは存在そのものであり」
「それは全宇宙を構成している共通の素材でもあります」
「この存在がなければ、宇宙の何ものも存在することができません」
「つまり、自分の中で本当の自分を知れば」
「全宇宙をそこに手に入れたことと同じになります」
「これ以上、何かを手に入れることはできませんから」
「それが豊かになることの終着地点になります」
お分かりになりますか、と青はアンスロポスに言った。
星が少しざわついている。
「うむ、話では分かる」
「ただ、本当の自分、その存在ことだが」
「それが分かっても、豊かさの終着地点という実感はない」
「それが宇宙の全てだということも理解できん」
「たとえ、それが分かっても」
「豊かになるために、きっとオレは何かを求める」
「それでは終着地点といえないだろう」
アンスロポスは困った顔をして青を見た。
「おっしゃることは分かります」
「でも、それが豊かさの真実なんです」
「豊かさの終着地点にいても」
「豊かさを求めることは起こります」
「それは個人に起こります」
「個人と本当の自分は同じですが」
「立っている場所が違います」
「個人が豊かさを求めようとしても」
「本当の自分からしてみたら」
「それは完全な豊かさの中で起こります」
「だから、個人に豊かさが実現しなくてもいいという状況です」
「このことを理解するためには」
「本当の自分が」
「存在という個人を超えたものだと知る必要があります」
「このことを知ったとき」
「それが豊かさの終着地点だと分かるでしょう」
「そこまで頑張ってください、アンスロポスさん」
青はそう言うと、ニッコリと微笑んだ。
「うむむ、やはりそこに行き着くんだな」
「それを知らないと何も知らないと同じか…」
「また来る」
アンスロポスは立ち上がって部屋を出ていった。
星はまたザワザワと落ち着きがなくなった。
そして静かになっていった。
青はそれを聞いて小さく微笑んだ。
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