青の記憶(15)死
「青~、ちょっと教えてくれー」
アンスロポスはそう言って、青の部屋に入ってきた。
「あ、はい、どんなことでしょう」
青はアンスロポスを迎え入れた。
アンスロポスはドカッと椅子に座って言った。
「死ぬって何なんだ」
「何でオレたちは死ぬんだ」
「それが分からん」
星は静かだったが、
少しだけ落ち着きがない様子だ。
「そうですね」
「確かに人間は死にます」
「そして、たいていの人は死ぬことが嫌だと思っています」
「だから、長く生きたいと願いますね」
青はアンスロポスに同意するように言った。
「そうだ」
「オレたちは突然生まれてきて突然死んでいく」
「これは、あれだな、生きる者としては納得できないことだ」
アンスロポスは腕を組んで青を見た。
「ただ、どれだけ抵抗しても死ぬことは避けられない」
「これはどうしようもない事実ですね」
「では、死ぬという問題をどう受け入れればいいかというと」
「それは、誰が死ぬのかを知るところにあります」
青はアンスロポスを見て言った。
「誰が死ぬかだって!」
「それは自分に決まっているじゃないか」
「それで死ぬことの問題がどう解決されるんだ」
アンスロポスは青の言っていることが分からない。
「その自分ですよ」
「アンスロポスさんは自分が分かってきたじゃありませんか」
「自分とは誰でしたっけ」
青はアンスロポスに思い出すように促した。
「うむ、自分とはそこにいる自分だ」
「これだって、死んだらなくなるんじゃないのか」
アンスロポスは自分のことを覚えていた。
「そうです、その自分ですが」
「それは身体や心ではないので死ぬことはありません」
「死ぬどころか、それは生まれたこともないんです」
「生まれたことのないものは死ぬこともありませんよね」
青は当たり前というように話をした。
「話としては分かるが、どうやってそれを確信するんだ」
「そう自分は死なないと思い込んでも、どこかに疑いがあるぞ」
「誰もが人の死んでいく姿を目のあたりにするからな」
「それでもあの人は死んでないと言えるか分からん」
アンスロポスは腕組を解いて顔を青に近づけた。
星が少しだけざわついている。
「その確信を持つために瞑想をするんです」
「瞑想で、自分とは誰かの確信を持たなければ」
「この話は、本当にただのお話にしかなりません」
青は穏やかな顔でアンスロポスを見た。
「自分が誰かという確信か」
「それがないと、死ぬことも分からんということだな」
アンスロポスはまた腕組をして目を閉じた。
「そうです、そうしないと話になりません」
「本当の自分を知ったとき、死ぬということの意味も分かるでしょう」
「死ねば体は活動をやめて、記憶は失われるでしょう」
「でも、自分が消えることはありません」
「そのことを生きているうちに知れば」
「自分が死ぬことはないと分かるでしょう」
「そうして初めて、いまを生きるということも分かります」
青はそう言って少し微笑んだ。
「そうか…」
「じゃあ、死ぬということが分からないということは」
「オレはまだ自分を知らないということか…」
「ふむ、ではまた来る」
アンスロポスはそう言って立ち上がると部屋を出ていった。
星が騒がしくなった。
そして、また静かになった。
青はそれを聞いて、頷きながら微笑んだ。
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