超人ザオタル(40)自分の謎
私は家の外に出た。
朝の空気はどこまでも清々しく、新鮮な気持ちになった。
草原が朝露に濡れて、朝日を受け輝いている。
その草原の中を当てどもなく歩いた。
それは何かを求めてとかではなく、ただ歩きたかったからだ。
そうして身体を動かすことが、私の凝り固まった何かを溶かしていった。
何も考えずに歩き続けているうちに陽が高くなった。
顔を上げると少し先に黒い影が見える。
何とはなくそこを目指すと、それはあの岩山だと気づいた。
避けていたわけではないが、あの事故からはじめて訪れた。
私は岩山に取り付くと、慎重に岩に足をかけてよじ登った。
久しぶりに岩の上から見る草原は美しかった。
私は腰を下ろし、そこで目を閉じて風の音に耳を澄ませた。
ふとアムシャの声が聞こえるかもしれないと思ったのだ。
だが、その期待は裏切られた。
かすかに草原を揺らす風の音が控えめに聞こえるたけだった。
私はしっかりと座り直すと、瞑想に入っていった。
この場所はとても力強い。
すぐに引き込まれるよう意識の奥へと落ちていった。
そしてあの場所へと降り立った。
そこは誰も訪れたことのない洞窟のようだった。
暗闇と静寂が圧倒的な力で支配している。
私はそこに自分だけがいることを感じていた。
その私とは誰なのか。
それはザオタルでありながらザオタルではなかった。
岩山に座って瞑想していたのは確かにザオタルだ。
だが、ここにいる私はザオタルではない。
私はザオタルの身体も思考も持っていなかった。
何の性格もなく、その記憶さえない。
いったいこれは誰なのか。
それは自分であるはずだが、その自分のことが分からなかった。
自分のことはよく分かっているつもりでいた。
だが、こうしているとこの自分が謎だらけだと気づく。
ひとつだけいえることは、これは個人ではないということだ。
これはザオタル個人ではない。
そして、確かにそれは紛れもなく私なのだ。
そのとき、瞬時に場面が変わった。
私はまた岩山の上に座って草原を見ていた。
隣にはアムシャがいた。
「ようやくそれを認める気になったのか、ザオタル」
私はそう言うアムシャの視線を感じた。
私はアムシャを見ずに、その声を草原を眺めながら聞いていた。
冷たい水を浴びせられた気がしてはっとすると、私はまた暗闇に戻っていた。
これは確かに私であり、そしてザオタルではない。
私はザオタルという個人ではないことを認めなければならなかった。
どう抵抗しても、その真実は変わらないのだ。
「私はザオタルではない、アムシャ」
その心の声が暗闇の中にこだましたように思えた。
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