青の記憶(9)壁
「青ーーーっ」
「教えてくれ」
アンスロポスが無表情で青の部屋に入ってきた。
「はいはい、なんでしょう」
青がアンスロポスに答える。
「このあいだの話、自分が個人かどうか」
「あれは、いくら瞑想しても流石に分からんな」
アンスロポスは困った顔をして椅子に腰掛ける。
星は静かだったが、
落ち着きのない空気を放っている。
「まあ、そう簡単ではないでしょう」
「ここがひとつの大きな壁で」
「これを超えられた人はほとんどいません」
青は静かな口調でアンスロポスに言った。
星が小さくざわめいた。
「やっぱり、そう簡単じゃないんだな」
「だけど、どうしても糸口がつかめん」
「瞑想していても、わけが分からなくなる」
アンスロポスはこめかみを指で押さえた。
「そうですね、考えすぎると分からなくなるかも」
「だいたい、そんな感じになって諦める人がほとんどです」
「すぐ近くまで分かっているのに」
「どうしてもそれをはっきりと理解できなくて」
「本当の自分を手放してしまうんです」
「それで本当に自分を見失って」
「また自分でないものを自分にすることに戻っていきます」
青は淡々と話をする。
「まあ、そういうことなんだろうが…」
「ところでだ、個人と個人じゃないって」
「いったい何が違うんだ」
「どっちも自分の中でのことだろ」
アンスロポスは手を頭の後ろで組んでふんぞり返る。
「そうですね…、違いですね」
「ではひとつ」
「個人は名前がついていますが」
「個人じゃないものには名前がありませんね」
「アンスロポスさんが個人だと思っているところは」
「名前がついていますかね」
青は、これは大きなヒントかなと言った。
「名前とか、ますます分からなくなるな」
「みんな名前がついているだ…ろ」
「ん…、そうでもないか」
「もともと、誰も名前なんかなかったんだ」
「つまり、名前を取ればいいんだな」
「でも、それって、どういうことだ」
アンスロポスは分かりそうで分からない。
星がざわめいている。
「いいセンいってますよ、アンスロポスさん」
「瞑想で分かる自分って、名前がありますか」
「そのあたりを吟味してみてはどうでしょう」
青は、良いヒントを与えすぎたかと思った。
「ああ、なんか分かりそうな気がしてきた」
「ちょっと星に帰って瞑想してくる」
アンスロポスは少し慌てながら立ち上がると星に帰っていった。
星が騒がしくなった。
意見が割れているようだ。
青はそれを聞いて、
小さくうなずきながら微笑んだ。
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