青の記憶(8)個人
「青ー、話しに来たぞー」
アンスロポスはいつものように無遠慮に部屋に入る。
「ああ、どうぞどうぞ」
青がそう言った時には、
すでにアンスロポスはどかっと椅子に座っていた。
「青、あれだ、このあいだの」
「自分が個人かどうかというの」
「あれはやっぱり個人だろう、どう考えても」
アンスロポスはそう言って、青の目を覗き込んだ。
「アンスロポスさん、本当の自分は個人ではないですよ」
「それが分からないなら、まだ吟味が足りないようです」
青はキリッとした目でアンスロポスを見た。
星は静かだったが、
一斉にゴクリとノドを鳴らす音がした。
「青はそう言うがな」
「オレは自分の中を辿っていって」
「そこで自分の中心を知ったんだ」
「だから、それは個人の中心ということになる」
「つまりそれは、個人だろう」
「個人以外ではありえない」
アンスロポスも譲らない。
「確かにあなたが言っていることは間違ってないです」
「でも、それは自分の中心というところで」
「自分個人を超えてしまうんです」
「それに気が付きませんでしたか」
青はアンスロポスに流されない。
「自分なのに自分じゃないということか」
「なんて面倒くさいんだ」
「そんなことも知らなければならないのか」
アンスロポスは天を仰いだ。
星も心なしか残念そうにざわついている。
「まあ、それを知らなくても生きていけますが」
「それだと、生きているのが誰か知らないままになります」
「そんなの本当に自分が生きているといえますか」
「ちゃんと自分を知らないと」
「ずっと中途半端で定まるものも定まらないんです」
青はアンスロポスに諭すように言った。
「自分の中のことなのに自分じゃないなんて」
「いったい、どうやって理解すればいいんだ」
「瞑想すれば、それが分かるのか」
アンスロポスは心が折れかけている。
「こればかりは、瞑想して自分で分からなければなりませんね」
「それが分かれば、その先に進めます」
「自分を知るということは単純なことですが」
「本当にそれを理解しようとすると」
「アンスロポスさんのように抵抗があるものなんです」
「それは当たり前のことですから」
「悪いことではありません」
「むしろ良いことなんです」
「そこから本当の意味で自分を知ることが始まりますから」
「瞑想はその理解のための手助けをしてくれます」
「自分の瞑想だけが」
「偽りのない真実を示してくれますよ」
青はアンスロポスを励ますように言った。
「むむぅ、そうか…」
「じゃあ、また瞑想してくるか」
「自分が個人かどうか確かめるなんて」
「おかしな話だと思うがな」
アンスロポスは少し不満げに部屋を出ていった。
星がまた騒がしくなった。
青はそれを聞いて、さてさてどうなるか、
そう小さく呟いて微笑んだ。
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