ウロボロスの回廊 第7章(4)
そうだったのか…。僕はそんなことも知らずに、ハルさんの期待を裏切ってしまった。バカなことしたのかもしれない。
いま、あの世界では人間も亜人間も滅亡した状態だ。それはそれで、自然なことなら仕方がない。だけど、それは僕の失敗なのだ。
きっと人間には生きる意味がある。少なくとも生きる意味があると知っている生物だ。愚かで欠陥のある生物だけど、生きることで、どこかにたどり着こうとしている。
それを遂げさせなければいけない。そのために、人間は僕を残したのだ。最後の希望として。それを駄目にした僕は、すべての人間から責められても仕方がない。
僕のインストールも既に停止しているだろう。マシンも電源を落としてしまったに違いない。一発勝負の成功目前で、僕は大きな間違いを犯してしまった。なぜ、あそこで強い光の中に入らなかったのだろう。
ハルさんに会えたのは嬉しいけど、これは計り知れないほどの大きな失態だ。
「ハルさん、これから僕はどうすればいいでしょう。何か打てる手はないんでしょうか…」
僕は泣きそうな顔で、そうハルさんに聞くしかなかった。
「うん、ちょっと考えさせてくれ。手はあるが、何かを犠牲にしなければならない。いま、何を犠牲にするかを考えている」
ハルさんは腕組みをして目を閉じた。
僕は公園を見渡した。公園に降り注ぐ太陽の光は暖かく、風は爽やかで心地いい。ここに座っていると、ずっとこのままでもいいような気がしてくる。
しばらくじっと考え込んでいたハルさんが目を開けて、カイ、決めたよと言った。
「まず、今の状況を説明しておく。君は人間のプログラムだから、プロテクトがあって、一人ではここから抜け出すことはできない。私もそれは同じだ」
「だけど、私には亜人間の部分が残っているから、そこを起動して、君を連れてあの空間に戻ることができる。そこで君は強い光に入って、先に生体へのインストールを完了させるんだ」
「私の場合だが…。私の亜人間の部分をここで無理やり起動することになる。その過程でプロテクトの攻撃を受けるから亜人間のコアの損傷は避けられないだろう。だから、亜人間のプログラム保存は諦める」
「私はここを離れたら、亜人間の部分を捨てて、人間のプログラムをコアとして再起動させ、そのまま人間の生体にインストールされることにする。だが、そんなことが上手くいくか試したことなどない。もしかすると、人間のコアを起動して、私が生体にインストールされるとき、何かしらの障害が起こる可能性が高い。どう考えてもかなり無理があることをやるからな。このことを了解しておいてほしい」
ハルさんはそう言って、僕をしっかりと見た。
「分かりました。今度はちゃんと強い光の中に入ります」
僕はそう言って、何度もうなずいた。
「ありがとな、カイ。ただ、この先にまだ何があるか分からない。幾らでも想定外のことがある。そのときは必ず自分を優先してくれ。今度は迷わず人間として生体起動するんだ。それが私の願いだ」
「それに、こうなったのも何かの理由があるのかもな。想定外のことが起こり続けて、それで何処かに導かれていく。私たちが知ることのできない大きな何かが世界を動かしているのかもしれないな。なら、それに従って生きていくしかないだろう」
「生きていくしかない」
ハルさんはそう言った。
「さて、手を握ってくれるか」
そう言って僕に手を差し出した。僕はそれを優しく包むように握った。ハルさんはもう片方の手で、僕の頬を優しく撫でた。
「では、行こうか」
ハルさんはそう言って目を閉じた。
目を閉じるハルさんを見ながら、僕もゆっくりとまぶたを閉じた。ハルさんの顔が消えていくのを、名残惜しく思いながら。
(続く…)第8章(1)ラスト・コンタクト
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