ウロボロスの回廊 第7章(3)
僕はあの見慣れた公園に立っていた。そして、目の前にはハルさんがいる。あのリクルートスーツを着ている。ハルさんは目を閉じてベンチに座っていた。
前とは全く逆の立場にいるようだ。それにしても、これは夢なのか、仮想現実なのか。それとも現実なのか…。
僕は気持ちよさそうに目を閉じているハルさんを見つめた。これが仮想現実かどうかなんて、どうでもいい。
「ハルさん」
僕は声をかけた。
ん、という感じでハルさんが目を開けた。そして、僕がそこに立っていると気づくと、「あれ、何で、何でカイがここにいるんだ」
驚いた顔で僕を見た。
「インストールは上手くいかなかったのか」
そう言って、困った顔をしてベンチに座り直した。
「いや、インストールが上手くいかなかったのは、ハルさんの方ですよ。ハルさんのインストールが途中で中断して、そのままマシンが停止してしまったんです。それで、僕は…。僕は自分のインストールを開始したんです」
ハルさんは僕の目を見て、ため息を吐いてから小さく笑った。
「それで、カイは、あの強い光を見たんだろう。あの光に入れば、それで完了だったのに」
ハルさんは呆れたように言った。
「それは分かってましたけど、その光に入っても、ハルさんがいないじゃないですか。心を決めて、インストールを始めたのに、そう思ったら、直前で迷ってしまって。そしたら、後ろに光の輪を見つけてしまったから…」
僕はそこまで言って、言葉に詰まった。ここにいるハルさんも謎だが、言い訳する僕もおかしい。なぜハルさんがここにいると感じたのか、なぜ、僕はハルさんに会おうとしたのか。
ハルさんは、来てしまったものはしょうがない、これも何かの流れなのだろう。そう言ってから、まあ座ったらとベンチを指差した。
ハルさんは想定外のことが起こったというのに、案外、冷静でいる。
「私もな…」
ハルさんは静かに話し始めた。
「いろいろと迷いがあってな…。私は人間の生体にインストールされるために、君のデータを使って、もうひとつのコアに新しく人間のプログラムを埋め込んだ。だから、この公園にいても、もう壊れることはない。君の人間としてのプログラムだけ、ここに適応するようになっているんだな。私の中のゴーストも君のデータと同期したら、化石のようになって死んだようだ」
「それでも、私は亜人間なんだ。その部分はいまも持っている。しかも、最後の亜人間だ。私が人間の生体にインストールされてしまえば、それで亜人間の部分は完全に消えてしまう。それでいいのか。私は亜人間のデータを持つ者として、保存される必要があるのではと考えた。人間がまた絶滅しないとも限らないし、そのあとにまともな亜人間がつくられる保証もない。無用かもしれないけど、最期の最期のバックアップが必要なんじゃないかと思ってな」
「インストールが中断したのはそんなわけだ。あの強い光の前で止まっていたんだ。そうしたら、あの光の輪がそこにあった。そこがデータの保存場所だとすぐ分かった。あの公園だということも。亜人間だけのときには、カイのいる公園に行くのに散々手間取ったけど、新しい人間のプログラムがあると簡単に行けるんだな。少しの間だったけど、君と過ごしたあの公園で保存されるのも悪くない。そう心に決めたというわけだ。そして、私は輪の中に入っていった」
「そこで現実のマシンはインストール停止して、ディープスリープに切り替わったはずだ。君に黙って選択を変えたことは心苦しかった。でも、ときに最優先の行動が直前で変わることもあるということだ。そう自分を納得させているところに君が現れてしまった…。まあ、これは私も誤算だった」
「君は人間なんだから、生体にインストールされなければならないんだ。最低限のこととして、君は原種の人間の祖先として、あそこで新たな歴史をスタートさせなければ」
ハルさんはそう言って、少し悲しそうに笑った。
(続く…)第7章(4)
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